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歴史

韓国の人物: 詩人 尹東柱(ユン・ドンジュ)

「いのち尽きる日まで天を仰ぎ一点の恥じることもなきを……」
韓国人から愛される詩に必ず挙げられる「序詩」の冒頭部だ。この詩を書いた作家は27年の短い人生を生きた尹東柱。

1917年に生まれ、27歳で息を引き取った尹東柱詩人

1917年に生まれ、27歳で息を引き取った尹東柱詩人

尹東柱は1917年12月30日、満州・北間島の明東村で生まれた。1925年に明東小学校に入学、文芸誌『新明東』を発刊した。1932年に龍井の恩真中学に入学したが1935年に平壌の崇実中学校に転校。崇実中学校が神社参拝問題で閉校となったため、龍井の光明学園4年に編入・卒業した。1938年に延禧(ヨンヒ)専門学校(今の延世大学)文科に入学、1939年には「朝鮮日報」に散文『月を射つ』を、「少年」誌に童謡『山鳴り』をそれぞれ発表した。1942年には日本に渡り立教大学英文科に入学したが、その年の秋に同志社大学英文科に転入した。

1943年7月14日、尹東柱は夏休みを迎え帰郷準備をしていたところ、親友の宋夢奎(ソン・モンギュ)と共に日本警察に逮捕される。尹東柱は朝鮮人留学生を集め朝鮮の独立と民族文化の守護を扇動した罪を受けて懲役2年の判決を言い渡され、福岡刑務所に収監された。以降、27歳のときに原因不明の獄中死を遂げる。

尹東柱の遺稿詩集『空と風と星と詩』

尹東柱の遺稿詩集『空と風と星と詩』


彼の初となる詩集『空と風と星と詩』は、1948年に遺稿詩集として発刊された。彼を覚えている人は口を揃えて彼が正直で清い心を持ち、広い人間愛の持ち主だったと証言する。しかし彼は自分に対しては非常に厳しく、小説家チャン・ドクスン(張徳順)氏によると「東柱は深い愛情と広い理解で人間を肯定しながらも、自分自身は懐疑と一種の嫌悪で否定してしまうヒューマニストだった。他人に対する愛情が自分に対する自虐に変わってしまう彼の人生観が詩作においてもあちこちに表れている」という。

彼の詩は人間や世について熾烈に悩んだ末に得た悟りを彼ならではの言葉で表現している。リリカルである上に植民地時代を生きる識者の苦悩や素直な自己反省が込められていると評価される。主要作品としては『序詩』『自画像』『また別の故郷』『星をかぞえる夜』『たやすく書かれた詩』などがある。

彼の代表作である『序詩』は、1941年11月20日に書かれ、彼の遺稿詩集『空と風と星と詩』(1948)の序詩として尹東柱の生涯を暗示・象徴する。存在論の苦悩をリリカルに表現することで、独立前後の混沌する時代を彷徨う多くの若者たちに癒しと感動を与えた。

序詩

いのち尽きる日まで天を仰ぎ
一点の恥じることもなきを、
木の葉をふるわす風にも
わたしは心いためた。
星をうたう心で
すべての死にゆくものを愛おしまねば
そしてわたしに与えられた道を
歩みゆかねば。

今夜も星が風に身をさらす。(愛沢革訳)

今や韓国を代表する民族詩人となったが、当時は有名ではなかった尹東柱。彼の詩は、純粋で清らかな詩語から民族愛と独立への切実な願望が感じられる。



コリアネット ソン・ジナ記者
写真:聯合ニュース
ginason@korea.kr

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