大韓帝国高宗皇帝の即位式が再現された。(文武)百官によって皇帝の即位を祝う文章を差し上げる「進表文」の儀礼が再現されている=1日、ソウル徳寿宮
[ソウル=ゾン・ハン、キム・ウニョン]
[写真=ゾン・ハン]
「光武元年」
光武が始まる年、丁酉年、1897年だ。
第26代朝鮮国王であり、初代大韓帝国皇帝のコジョン(高宗)(1825~1919、在位1863~1907)は、1897年8月14日、大韓帝国の年号を光武と命じた。
明後日の16日、高宗は「この年を、「光武元年」とする。掌禮院から貰った吉日に基づいて8月16日に詔書を宣布する大儀式を挙行しなさい」と命じたと朝鮮王朝実録・高宗実録35冊、高宗34年8月15日揚力第1番目の記事に記されている。
高宗は年号を定めることについて「天下に信頼をたてることだ」と話した。
その信頼の根幹が大韓帝国だった。
高宗は詔書を宣布してから正確に58日が過ぎた10月12日、皇帝の座に就いた。
金で飾られた椅子に座って十二章服を着たが、玉璽を何度も断った。そして、仕方なく皇帝の座に就いて、(文武)百官の鞠躬、サンムド(三舞蹈)、サムコドゥ(三叩頭)、サンホマンセイ(山呼万歳)、サンホマンセイ(山呼万歳)、ジェサンホマンセイ(再山呼万歳)の儀礼を行った。
高宗実録10月13揚力第2番目の記事には、高宗が皇帝の座を遠慮した理由と大韓帝国を宣布するしかできなかった彼の心境が窺えるバンチョムン(頒詔文)の内容が記されている。
高宗は、弘文館太学士のキム・ヨンス(金永壽)が書いた頒詔文に「あ!(高宗が)王になったのは最初から天の助けを頂いたもので、皇帝の称号を宣言したのは全国民の心が一致したことだ」と明らかにしている。
高宗皇帝の即位式が再現された。代表儀仗である太極旗が石造殿を背景にはためいている。1897年10月14日、独立新聞の記事には「(皇帝)御駕の前には大皇帝陛下の太極国旗が先に出て」という文が掲載されている=1日、ソウル徳寿宮
それから二番目を迎えた丁酉年、2017年。
皇帝に就いた徳寿宮中和殿その場で、国民のために大韓帝国を宣布した高宗の姿が1日、再現された。
即位式の全てが記された「大礼儀軌」に基づいて再現された高宗の皇帝即位式は、列強による収奪が 本格化された当時の時代相を反映するように、華やかさよりは厳粛さが感じられた。また、石造殿を背景にはためく大韓帝国の儀仗「太極旗」は、今の大韓民国が「高宗の国民と国を愛する精神」をそのまま引き継いたことを知らせるようだった。
「(高宗皇帝の即位式は)2003年、景福宮で再現されたことがあって初めてではない」と述べたアン・ヒジェ(安唏材)儀礼監督は「即位式が行われた徳寿宮で冊皇后儀、冊皇太子儀と一緒に再現されたのは始めて、これが今回のイベントが持つ意味だ」と強調した。
この日、徳寿宮では大韓帝国皇帝即位式のほかにも、大韓帝国宣布120周年を記念する「近代国家との出会い」というテーマで、高宗が愛したコーヒーを味わう「大韓帝国と(コーヒー)咖啡茶」、無形文化遺産である「歌舞ベクヒ(百戲)」、「韓帝国外国公使接見礼」、「大韓帝国音楽会」が来る7日まで続く。
大韓帝国高宗皇帝の即位式が再現された1日、高宗皇帝が御駕に乗って中和殿に入っている。皇帝を象徴する8人のかご屋が金色の服を着ている=1日、ソウル徳寿宮
高宗皇帝の即位を祝う「佳人剪牧丹」の舞踊が再現されている=1日、ソウル徳寿宮
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