[文・写真=えむらしげみ]
韓国の絵本『イワシ大王のゆめ』を手に取ったとき、多色使いと大きく描かれたイワシ大王の表紙に、私は一瞬で惹きつけられました。
イワシの大王が、不思議な夢を見る。
物語の中で、その夢を解いてくれるのは、ハゼの占い師でした。
ページをめくりながら、私はふと思いました。
韓国の人々は昔から、夢にどんな意味を見つけてきたのだろう、と。
第1章 ─ 絵本『イワシ大王のゆめ』の世界
『イワシ大王のゆめ』(再話・チョン・ミジン/絵・イ・ジョンギュン/訳・おおたけ きよみ/光村教育図書)は、韓国の「むかしばなし」の一冊です。
物語は、海の王であるイワシ大王が、ある夜、不思議な夢を見るところから始まります。
夢の意味を知りたくなったイワシ大王は、家臣のヒラメに、遠い海に住む名高い占い師、
ハゼを連れてくるよう命じます。
興味深いのは、その夢を解く役目を担うのが「魚」だということ。
海の底にも、夢を読む者がいる。
第2章 ─ 韓国の占い文化
韓国を旅したことがある方なら、ソウルの街角で「占い」と書かれた看板を目にしたことがあるかもしれません。
サジュ(四柱推命)、クァンサン(観相)、ソングム(手相)。
韓国の占いは、特別な人だけが訪れる場所のものではなく、人生の節目に、
そっと立ち寄る場所として、暮らしの中に息づいています。
受験の前、就職の前、結婚の前、そして子どもを授かる前。
大切な決断を控えたとき、占い師のもとを訪れて自らの運命を確かめる。
こうした習慣は、いまも若い世代へと自然に受け継がれています。
なかでも、夢を読むという文化は、韓国の人々のあいだで特別な位置を占めてきたようです。
解夢(ヘモン)と呼ばれるこの分野は、ただの吉凶判断にとどまらず、夢を「人生の知らせ」として受け取る、繊細なまなざしそのものを表しています。
韓国伝統茶を飲みながらひと時を
第3章 ─ 民俗学から見る、夢を読むということ
韓国における夢解きの文化は、長い民俗の流れの中で育まれてきました。
朝鮮半島には古くからムーソク、すなわちシャーマニズムの伝統があり、
神霊と人をつなぐ役割を担ってきたのがムーダンと呼ばれる人々でした。
朝鮮王朝が儒教を国教としたあとも、民衆の暮らしの中では、見えない世界へのまなざしが
静かに息づき続けていたといわれています。
なかでも夢は、古くから「もう一つの現実」として大切に扱われてきました。
『三国遺事』や『三国史記』といった古典のなかにも、王や英雄が見た夢を解読する場面が数多く記されているようです。
子を授かる前に見る胎夢(テモン)は、その典型といえるでしょう。
誰がどんな夢を見たかによって、これから生まれてくる命の運命を読み取ろうとする。
その繊細な感覚は、現代の韓国にも確かに受け継がれています。
以前、韓国民俗村を訪れたとき、大きな木の下に白い灯籠がいくつも吊るされている光景に出会いました。
灯籠のひとつひとつに、誰かの願いが託されているようで静かに、厳かに、祈りをそっと受け止めているように見えたのを、いまも覚えています。
夢を読むという行為は、未来を「予言する」ことではなく、いま自分が立っている場所を、
見えない側から照らし出す行為だったのかもしれません。
白い灯籠が連なる。祈りを受け止めるかのような静かな風景
第4章 ─ 物語が映し出す、私たちの姿
『イワシ大王のゆめ』を読み終えて、私はしばらくページの上に手を置いたまま、いくつかのことを考えていました。
ひとつは、占いというものの受け取り方についてです。
同じ言葉を聞いても、それをどう受け取るかは、人それぞれに違います。
ポジティブに受け止める人もいれば、ネガティブに解釈する人もいる。
思い通りの答えや、心地よい言葉を告げられれば、つい信じたくなる…。
それは、きっと誰の心にもある、ごく自然な感情なのだと思います。
そしてもうひとつ、心にとまったのは、ヒラメの姿でした。
イワシ大王の命を受け、東海から西海まで長い旅をして、名高い占い師のハゼを連れて戻ってきたヒラメ。
ところが宮殿では、王がもてなすのはハゼばかりで、家臣であるヒラメには、労いの言葉ひとつかけられません。
物語の後半、ヒラメが嫉妬から異なる夢解きを語る場面に、
私はどこかで、彼を責めきれない気持ちになるのです。
甘い言葉に耳を傾ける王と、望まれる答えを差し出す占い師。そのふたりの姿は、
時代や国を越えて、私たちの周囲にもふと現れる、権力とその周囲の縮図のようにも見えてきます。
一冊の絵本の中に、これほど静かなある意味社会問題的なものが込められていたことに、私は改めて驚きました。
後ろに見える広いスペースでは披露宴も行われるそうです
第5章 ─ 絵本に宿る、民俗の系譜
韓国の民話には、虎、亀、魚といった動物が、人の運命を告げる場面が数多く登場します。
動物たちは、人とは違うものを「見る」存在として描かれてきました。
ハゼの占い師もまた、その長い系譜のなかに立っています。
訳者のおおたけきよみさんによれば、この物語は、韓国の小学校4年生の国語の教科書にも紹介されているのだそうです。
ムーダンの面影と、解夢の伝統と、そして人間の姿への静かなまなざし。
ひとつの絵本のなかに、それらがそっと折り重なり、子どもたちの心にも受け継がれているのです。
結び
ページを閉じたあとも、ハゼの占い師の声と、ヒラメの静かな影が、
どこかから見え聞こえてくるような気がしました。
夢を読むということ。
見えないものに、そっと耳を澄ますということ。
そして、物語の中の登場人物たちに、私たち自身の姿を重ねるということ。
韓国の人々が長いあいだ大切にしてきたそのまなざしは、
いまも一冊の絵本のなかに、たしかに息づいていました。
*この記事は、日本のKOREA.net名誉記者団が書きました。彼らは、韓国に対して愛情を持って世界の人々に韓国の情報を発信しています。
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