[文・写真=えむらしげみ]
2026年8月26日、四谷の駐日韓国文化院ギャラリーMIにて、「民画、朝鮮のポップアート」展が開幕しました。
会場を歩いていて、ふと思い出した情景がありました。かつてソウルの民俗村を訪れた時、木の門に貼られていた虎の絵、そして家の壁面に描かれていた鹿や松の絵。あの絵たちが、東京の白い壁の中に、静かに息づいていたのです。
第1章 駐日韓国文化院、丹青の柱の向こうへ
四谷三丁目駅から徒歩5分ほど。ビルの立ち並ぶ通りに、ふと現れる朱塗りの柱が印象的な建物、それが駐日韓国文化院です。
二本の柱には、朝鮮伝統の丹青(タンチョン)の紋様が施されていて、東京の街並みのなかに、静かに韓国の色彩を差し込んでいました。
民画のモチーフが息づく、朝鮮の内房と舎廊房の再現展示
ギャラリーMIの入り口両脇きは、朝鮮時代の暮らしを立体的に再現した展示ケースが並びます。
女性の空間である内房、男性の空間である舎廊房。屏風・書棚・装身具・弓矢。
民画のモチーフが、実際にどのような暮らしの中で愛されていたかを、見ることができます。
第2章 民画とは何か、暮らしの中で生まれた絵
会場の解説パネルには、こう記されていました。
【民画は、朝鮮後期の人々の暮らしと願いを描いた韓国の伝統絵画である。(中略)家を飾り、儀礼に用いられ、日常に最も近い場所で愛された芸術であった】
民画には、富貴栄華・長寿・子孫繁栄・立身出世・厄除けという、人間の一般的な願いが込められています。
花鳥図──鶏と菊、青い鳥と牡丹
牡丹は富貴を、十長生図は長寿を、虎は災いを防ぐ力を、そして冊架図は学問と立身出世を。人々は、絵の中の象徴を通じて、より良い暮らしと家族の幸福を祈ったのです。
そういえば、以前ソウルの民俗村を訪れた時、木の門に貼られていた虎の版画を目にしました。家の壁面には、松と鹿と鶴の絵が描かれていました。
当時は「素朴で愛らしい絵だな」と思う程度でしたが、それらこそが暮らしの中の民画そのものだったのだと、今になって気づかされます。
民画は、朝鮮の人々にとって美術館で観賞するための絵画ではなく、暮らしと祈りに寄り添う日用の芸術でした。
門を守る虎、壁を飾る鹿と鶴、部屋を彩る花鳥図。絵の一枚一枚が、家族の願いを静かに受け止めていたのです。
第3章 冊架図、文字図、そして雲龍図
冊架図 八曲屏風
書物、花、器物、魚──冊架図は、学問と教養、そして出世して名を上げるという象徴です。
八枚の絵に描かれた品々は、遠近法にとらわれない自由な視点で積み重なれ、まるでコラージュのように空間を彩ります。
文字図八曲屏風
続く文字図は、儒教の八徳──孝・悌・忠・信・禮・義・廉・恥を、絵と一体化させた「視覚の詩」です。
文字の中に鯉や亀、鳥や竹が組み込まれ、教えと祈りが一枚の絵として結ばれていました。
雲龍図──雲を舞う龍
そして、私の足を長く止めさせたのが「雲龍図」でした。
雲の間を舞う一頭の龍。朱と青と灰の抑えた色彩が、かえって龍の生命力を際立させます。
龍は、水と雨と王権の象徴。厄を払い、恵みをもたらす存在として、人々に大切にされてきたのだといいます。
鵲虎図──松の木の下の虎とカササギ
そして、民画の中でもっとも親しまれている鵲虎図。
松=長寿、カササギ=吉報、そして虎=厄除け。三つの象徴が、一枚の絵の中で静かに寄り添ってました。
第4章 30万人が描き続ける絵、そして「朝鮮のポップアート」
会場の後半には、韓国を代表する現代民画作家20名の作品が並んでいました。
パネルによると、韓国では現在も約30万人が民画を描き、学び続けているといいます。
この数字は、民画が過去の伝統絵画にとどまらず「現在進行形の文化芸術」として生き続けていることを示しています。
五峰図
李基順氏の「五峰図」は日と月、五つの峰、そして滝。色が鮮やかで大胆な山々は雄大な自然を表していると感じました。
間
文仙英氏の「間」は赤と白のコントラストの周りに伝統的な螺鈿模様が印象的な作品と感じました。
月をとってあげる
チョン・ソニョン氏の「月をとってあげる」は月に向かって跳ぶカラフルな鶏がなんとも可愛くユーモラスである、と思わず笑顔になりました。
民画に内在する大衆性と祈りなどが、現代の色彩とユーモアによって新たな世界観を作り上げていました。
結び
パネルの最後には、こんな一節がありました。
【大衆芸術であった民画は、現代のポップな感性と出会い世界と対話する新たな芸術として再び羽ばたいている】
ソウルの民俗村で見たあの虎が、東京の白い壁の中にも息づいていました。
願いは色になり、色は時代を越えて、今も人々のもとへ届いています。
*この記事は、日本のKOREA.net名誉記者団が書きました。彼らは、韓国に対して愛情を持って世界の人々に韓国の情報を発信しています。
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