[文・写真=えむらしげみ]
韓国出身の現代美術家李 禹煥の名前は、世界の主要美術館に静かに刻まれている。パリのポンピドゥーセンター、ニューヨークのグッテンハイム美術館、そして、日本の瀬戸内海に浮かぶ直島には【李 禹煥美術館】が建てられている。
もの派の中心作家として60年以上にわたり活動を続けるこの巨匠が、自らの思想を綴った一冊がある。
『余白の芸術』(みすず書房)タイトルそのものが、彼の芸術観を凝縮しているようです。
第1章 「何もない」のではなく「充ちている」
『余白の芸術』の中で、李 禹煥は繰り返し語る。──余白とは「何もない場所」ではなく、「関係が立ち上がる場所」である、と。
巨匠の代表的な作品「Relatum」シリーズでは、自然の石と工業的な鉄板がただ置かれているだけに見える。
しかし見る者がその前に立った瞬間、石と鉄板と見る者と空間のあいだに、目に見えない関係が立ち上がる。作品を完成させるのは、作家ではなく、その場に置かれる要素たちの関係性そのものなのだと。
巨匠の作品は展示される場所ごとに、再制作されることがあるという点。
『余白の芸術』の中で、著者はこれを単なる複製ではないと語る。
〈現在が過去を想起しつつ、過去が現在を規定しつつ行われる。それは現存在が、過去というコードを通って現れるもう一つの世界と出会う仕草だ。
現在から過去へ、過去から現在へと照り返る反復のなかにしか想定者は存在しない。
この反照反復のバイブレーションは、それが深く激しいほど、過去より遥かな過去へ、現在より遥かな現在へと広がる。
その限りにおいて再制作は、決して再現行為ではないし、作家はつねに新たな世界に触れつつ絶え間なく生まれ変わる事になる〉(李 禹煥『余白の芸術』みすず書房、pp.261-262)
同じ石、同じ鉄板であっても、置かれる場所が変われば、そこに立ち上がる関係もまた新しい。
反復の中にこそ更新がある。これは、造形の話でもありながら、私たちの日々の営みそのものにも通じる思想であると考える。
見せすぎない、語りすぎないことで、かえって多くを立ち上がらせる方法。
李 禹煥巨匠の芸術は、「余白の哲学」の、現代における一つの結晶と言えるのではないだろうか。
第2章 韓国から世界へ、一つの作家の軌跡と単色画の流れ
1936年、慶尚南道に生まれた李 禹煥巨匠は、ソウル大学美術学部で学んだ後、1956年に日本へ渡る。
日本大学文学部で哲学を修め、1960年代後半から美術活動を本格化。
1968年前後に日本でおこったもの派の理論的支柱として、東京画廊での発表を通じて頭角を現した。以来60年以上、韓国、パリ、日本を主な活動拠点としながら、ニューヨーク、パリ、ロンドン、ヴェネツィアと巨匠の作品は世界各地で展示され続けてきた。
特筆すべきは、単独作家のための美術館が複数存在するという事実である。
・直島・李 禹煥美術館(2010年開館、建築:安藤忠雄)
・釜山市立美術館 李 禹煥ギャラリー(2015年常設開設)
・Lee Ufan Arles(2022年、フランスアルル開設)
李 禹煥巨匠はまた、韓国現代美術における重要な単色画の代表作家の一人としても位置づけられてきた。
この流れの先駆者であるパク・ソボ(1931~2023)らとともに、韓国単色画は現在、国際的な再評価が進む美術運動として世界から注目されている。
空は国境を持たない、韓国、日本、パリ。世界を繋ぐ場所で、巨匠の作品と思想は今も広がり続けている
第3章 言葉の使い方──難しすぎず、簡単すぎず
『余白の芸術』を手に取った読者がまず気づくのは、巨匠の言葉の使い方だと思う。抽象的な芸術論に流れず、かといって俗に嚙み砕きすぎもしないちょうど良い温度の言葉が、丁寧に選ばれて置かれている。
これは、AIが大量の言葉を生成する現代においてこそ、際立って響く姿勢だと考える。
便利さに流されず、深さに沈み込みすぎず、読み手との関係の中でちょうど良い場所に言葉を置く。
書き手として本書を読むと、「何を書くか」と同じくらい「何を書かないか」が問われていることに気づく。
余白は、造形芸術だけでなく、言葉の芸術にも生きている思想なのではないかと思う。
静かで落ち着いている緑と石垣が織りなす日本の路地。もの派の作家が愛した「置かれたものたち」の関係性を想わせる
第4章 K-POPとK-アートの静かな交差
李 禹煥巨匠の作品は、世界の主要美術館に所蔵されているだけではない。近年、韓国の若い世代の生活空間にも静かに広がっている。
2026年8月26日付けの韓国メディア「ファイナンシャルニュース(Financial News)は、ガールズグループBLACKPINKのJISOOが自宅で撮影した日常写真をSNS上に公開したところ、背景に写り込んだ大型絵画作品が美術界の注目を集めていると報じた。
写真に写っていた作品の一つは、韓国現代美術および単色画の巨匠である李 禹煥画伯の代表的連作「ダイアローグ(Dialogue・対話)と推定される。
同紙は、余白と抑制された筆致で点と色面の響きを伝えるこの連作が、国際美術市場で10億~20億ウオン台(約1億~2億円)で取引される大作として知られていると伝えている。
K-POPとK-アート。世代もジャンルも異なる韓国文化の担い手たちが、静かに交差する。
それは巨匠が『余白の芸術』の中で語り続けてきた[関係の立ち上がり]そのものではないだろうか。
作品は、それを所有する人、それを見る人、それについて語られる場。すべてとの関係の中で、時を越えて生き続けている。
時を刻んだ樹木と、その向こうに広がる余白の空間
結び 「置くことで語る」姿勢は揺らがない
2026年現在、90歳を迎える李 禹煥巨匠は、なお精力的に海外での展示活動を続けている。
置くことで語るという一貫した姿勢は、時代がどれだけ加速しても揺らぐことがない。むしろAIとの情報の洪水の時代においてこそ、巨匠の引き算の芸術は、私たちが失いかけている世界との関係の結び方を、静かに問い直してくれる。
『余白の芸術』は、巨匠の作品を見る前に読んでも、見た後に読んでも、それぞれ違う響き方をする本である。
そして、読み終えた後、街を歩くとき置かれた石や、風に揺れる樹木や、静かな路地の空気が、少しだけ違って見える。
世界との関係の結び方が、静かに更新される。
そして、読んだ後に自分の考え方や感じ方に共通する部分を発見したり、言い換えれば同じ路線、物事の本質を知る事、ポリシーといった
同義語として思えるかもしれない。
*この記事は、日本のKOREA.net名誉記者団が書きました。彼らは、韓国に対して愛情を持って世界の人々に韓国の情報を発信しています。
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