(第1部に続き)-今風にいえば超ハイスペックなのだから、(国家)試験を受けて安楽に生きる人生も選べたと思う。あえて馴染みのないここに来たきっかけは。 社会に出て自分が勉強してきたことを実践しようとしたが、うまく行かなかった。学校時代のサークルが労働運動系だったので当初は労働組合に参加しようとしたのだが、ある先輩から農民運動を紹介してもらい1976年にここに来ることになった。当時はこれがやりたいといった明確な目標があったわけではない。ソウル大学の法科大学に入学したものだから将来安泰だと家族は思っていた。いつでもいいから早く司法試験を受けければいいと。最初は私もそのつもりだった。それがなんとなく先輩たちに引っ張られて。試験勉強なんかしている場合じゃないと感じた。自分たちも大変だがもっと厳しい環境におかれている人々が大勢いる、みんなで豊かになるべきだと家族を説得した。あまり後悔は残らないが、亡くなった両親にはいろいろと申し訳ない。
-環境保全型農業は確かにメリットがある。質が良いのはいいが、だからといって皆を満足させることはできないと思う。 すべての人が利用することはできなくても農業と自然環境、人類と自然の関係という側面から考えると値段と関係なくこうした農業と生活方式を実践することに意味があると思う。気候変動問題が段々深刻になってきている今、我々は現在の生活を変えなければならない。個人的な意見としては値段をつけて売り買いするのではなく、ニーズがある人同士でモノを供給し、また必要なだけのお金を支払うような実験をしてみたい。自給自足という意味で。
- 曺さんの言う自給自足という考えは孟子の「恒産なければ恒心なし」の教えと一脈相通ずるところがあるようだ。 孟子は自給自足ではなく分業を強調していた。当時の諸子百家には農家もいた。彼らは自分で農業を営み食べていかなければならないと主張した。孟子は農家の指導者だった許行を批判していた。許行の冠を見た孟子はそれを自分で作ったのかと聞いた。穀物と交換したと答えると、なぜ自分で織らないのかと反問した。農業ができる人、政治ができるがそれぞれいると主張したのである(『孟子』の縢文公)。孔子も弟子たちを政治家として教育した。弟子のうち樊遲という者がいて水田農業を学びたいというと、自分はよくわからないと答えた。畑農業についても質問したがまたもやこれといった答えを返さない。立ち去った樊遲を孔子が「小人の輩」だと嘆いたという逸話もある。私たちは農業を営み自給自足しようと考えているので目立つのだと思う。
卵の選別施設の内部。摂氏16度を保ちながら、重量・新鮮度・破損品があるかなどの基準を厳格に適用し選別する
選別過程を経て商品化された有精卵
工場で卵を原料とするお菓子を作る様子
有精卵やお菓子など生産された製品は有機農業製品売場で販売されている
‐雪雨山共同体の農業研修課程について説明してほしい。 雪雨山農場では1968年の設立当初から農業技術の教育を実施してきた。教育は1年単位で行われ、農業の時期には月1回、週末の1泊2日日程が一般的だ。政府から研修生1人当たり60~80万ウォン程度の支援金が出るのだが、志願者が多いためもっとも願望が強く農業の意志が固い人、若い人を優先的に選抜している。
韓国で研修を受けている外国の公務員や農家でも現場学習や実習目的でここを訪れる。最近はイギリス出身のある青年が南米で知り合った韓国女性から紹介されここを訪れるなど、研修生たちの国籍も多様化している。
教育では、教育生や共同体メンバーの食卓を彩る家庭菜園でトウモロコシ・イチゴ・トウガラシ・サンチュなどを栽培する実習が行われる。ここでは機械やビニールなどをまったく利用せずホーやシャベルだけで農業を営む方法を習う。教育課程には他にも家建てや機織りの見学などが含まれている。
体験のために雪雨山共同体を訪問した外国人実習生。訪れる外国人の数は年々増えている
-帰農する人は増えているものの、都市と農村の文化の違いから来る葛藤も少なくないようだ。文化の格差を縮める方法があるのだろうか。 ここ槐山地域も若者をはじめ農業を営むために来る人、引退してから来る人など帰村する人が多い。新しく入ってきた人の方が多い村もある。中にもいろいろな才能をもつ人が多い。ロシア文学博士、物理学博士の方もいる。文化的教養をもつ人、いわゆる識者層との共有も行われている。槐山にも多様な集いがある。
雪雨山共同体の実習生。1ヶ月に1度の一般研修から常住しながら農業の全課程を学ぶ深化段階まで多様なプログラムを運営している
- 今日の韓国社会における豊かさは開発途上の時代とは比べものにならないほどだが、相対的剥奪感は深刻になっている。若年層の挫折は根強いものに思える。大人世代として、先輩として伝えたいことは。残念に思う。仕事がない若者たちが参加できる農業キャンプのようなものを構想している。ただ、今でもある程度運営しているし、多くの人を受け入れることはできない。他人との格差、相対的剥奪感は気にしない方がいい。自分が好きな人生を自信をもって生きていければそれが一番だ。他人がどんな人生を生きるのかを気にすることはない。昔は仕事がなければ飢え死にすることもあったが、今はそういうことはほとんどない。ヘル朝鮮(地獄のような韓国という意味)、剥奪感といった問題に対しては自分の心の持ち方を変えなければならない。他人と同じように生きようとしなくていい。ここでの生活はお金をかけずに自然を利用しているわけだから、すべてをお金で評価する必要などない。
対談:コリアネット ウィ・テックァン記者
編集:コリアネット チャン・ヨジョン記者
写真:コリアネット ウィ・テックァン記者、カナン農君学校
翻訳:イム・ユジン
whan23@korea.kr