ひと

2026.04.24

障がい者の日(4月20日)を前に、15日、ソウルの韓国放送公社(KBS)で「国内初の聴覚障がい者アナウンサー」のノ・ヒジ氏を取材した。落ち着いた語り口からは、揺るぎない芯の強さが伝わってくる。彼女は、「国内初の聴覚障がい者アナウンサー」という肩書きに安住することはない。インタビューで繰り返されたのは、他者との比較ではなく自らの「成長」を追求し、現実を直視して「地道な練習」を積み重ねるという真摯な姿勢であった。


コリアネットとのインタビューに先立ち、韓国放送公社(KBS)のノ・ヒジアナウンサーが、KBSのニューススタジオでポーズを取る様子=15日、ソウル、イ・ジョンウ

コリアネットとのインタビューに先立ち、韓国放送公社(KBS)のノ・ヒジアナウンサーが、KBSのニューススタジオでポーズを取る様子=15日、ソウル、イ・ジョンウ


[ソウル=イ・ジョンウ]

「他人との比較は禁物。比較すべきは、昨日の自分です」

ノ・ヒジ氏の言葉は、単なる助言にとどまらず、彼女が歩んできた時間を物語っているように感じられた。

KBS 1TV「ニュース12」の生活ニュースコーナーを担当するノ・ヒジ氏は、幼少期から人前に立つことが好きで、自然とアナウンサーを志すようになった。しかし、生まれつきの聴覚障がいにより、発声や聞き取りに困難を抱え、夢は次第に遠のいていったという。聴覚障がい3級である彼女は、現在も補聴器なしには生活音を聞き取ることが困難だという。

大学卒業後、彼女は進路に迷い始めた。メディアコミュニケーションを専攻し、広告プランナーを目指したが、広告業界はチームワークを重視する環境であるだけに、新たな壁に直面した。就職活動での度重なる不採用に苦しみ、その原因を聴覚障がいのせいにした時期もある。大学卒業後に襲ってきた燃え尽き症候群は、いわばその結果であった。奈落の底へ突き落とされたと感じた瞬間、彼女は心の奥深くに封印していた「アナウンサー」という夢を再び思い出した。

「やらずに後悔するより、挑戦してみて後悔する方がいいと思いました」。

アナウンサーに挑戦するに至った契機について語るノ・ヒジアナウンサー=15日、ソウル、イ・ジョンウ

アナウンサーに挑戦するに至った契機について語るノ・ヒジアナウンサー=15日、ソウル、イ・ジョンウ


その決心の背景には、同じく聴覚障がいを持つ6歳年下の妹の存在があった。自身が味わってきた心の傷や葛藤を、妹には経験させたくなかったのだ。先を行く者として、誇れる姉でありたいという思いが常に彼女を突き動かしていた。

自分の人生を変えた原動力として彼女が挙げたのは、「他人との比較をやめること」。幼い頃、言語療法を受ける中で同年代と比較され続けた経験は、長らく彼女を苦しめてきた。しかし、アナウンサーを目指す過程で価値観は一変する。他人と比べるのではなく、「昨日の自分より一歩前進すること」にこそ価値があるのだと気づいたのだ。

「他人との比較は禁物。比較すべきは、昨日の自分です。昨日より発音が良くなっていたら、それで充分なのです」。

ニュースの生放送を前に、発音練習をする様子=15日、ソウル、イ・ジョンウ

ニュースの生放送を前に、発音練習をする様子=15日、ソウル、イ・ジョンウ


この言葉は、彼女の日々のたゆまぬ努力を物語っている。放送前に原稿を読み込み、録音した後、繰り返し聞きながら発音やイントネーション、呼吸を整えていく。自分の発音を聞いて確認することには制約があるためだ。スマートフォンのボイスメモは、実に約8000件に達するという。退社後も、自身のモニタリングと発声の練習は続く。

ニュースの生放送を前に、原稿を確認する様子=15日、ソウル、イ・ジョンウ

ニュースの生放送を前に、原稿を確認する様子=15日、ソウル、イ・ジョンウ


そのため、彼女にとって、「ニュース」というものは、単に原稿を読み上げる作業ではない。記事を正確に理解し、内容に応じて表情や視線、声を緻密にコントロールする表現活動である。特に、障がい者や児童関連のニュースなどを伝える際は、より共感が深まる。

スタジオでニュースを進行するノ・ヒジアナウンサー=15日、ソウル、イ・ジョンウ

スタジオでニュースを進行するノ・ヒジアナウンサー=15日、ソウル、イ・ジョンウ


「人が気づかない部分まで穏やかに目配りができる、共感力の高いアナウンサーとして人々の記憶に残りたいです」。

彼女は、「国内初の聴覚障がい者アナウンサー」という肩書きを、個人の功績としてではなく、後に続く誰かに可能性を示すものとして捉えている。

「この肩書きは、単なる個人の成果ではありません。同じ聴覚障がいを持つ方々が、より自由に挑戦できる可能性を示すものだと考えています」


また、障がいへの認識も変える必要があると話す彼女の言葉には力がこもった。障がいが美化や同情の対象ではなく、人生の様々なあり方の一つとして自然に受け入れられることを願っているという。

「障がいは、一つの個性であり、人生における多様なあり方の一つ。障がいによって自らの可能性を狭めないでほしい」。

インタビューの終盤、彼女はコリアネットの読者にも同様のメッセージを伝えた。他者との比較に陥りやすい現代だからこそ、人生の指標は他人に委ねるのではなく、自分自身の中に置くべきだという呼びかけであった。

ポーズを取るノ・ヒジアナウンサー=15日、ソウル、イ・ジョンウポーズを取るノ・ヒジアナウンサー=15日、ソウル、イ・ジョンウ

「人生は、片道切符の旅のようなもの。一度きりだからこそ、比べる対象は昨日の自分だけでいいのです」。

障がい者の日に、ノ・ヒジアナウンサーの言葉は心に深い余韻を残す。「国内初」という肩書きに安住することなく、日々自らの声と向き合い、修正を重ね、着実に歩みを進める彼女。その真摯な積み重ねは、今や誰かにとっての「夢を再起させる光」となっている。

b1614409@korea.kr