ひと

2026.06.25

世界各地で戦火が絶えない今、対立や紛争が激化するほど、韓国戦争の歴史的価値は一層重みを増す。韓国戦争勃発から76年を迎えた今年、コリアネットは、韓国の自由を守るために戦った参戦者たちを紹介する。第1回は、今年5月に国家報勲部が「今月の護国英雄」として選定したフランスのラルフ・モンクラール将軍である。


[ソウル=ユン・ソジョン、オ・ジョンウン、グエン・ティタイ・ウィン]
[映像=パク・デジン]

Monclar5

ラルフ・モンクラール将軍の写真=国家報勲部


「愛する息子へ。なぜ私が韓国へ向かったのか尋ねるだろう。君のような韓国の幼い子どもたちが道や水辺、泥や雪の中でさまようことのないよう、父はここへ来たのだ」

この言葉は、フランスの戦争英雄として知られている、通称ラルフ・モンクラール将軍が幼い息子に残した手紙の一節である。 彼の本名は、ラウル・シャルル・マグラン=ヴェルヌレという。

59歳だったモンクラール将軍は、韓国戦争への参戦を決意し、自ら4つ星将軍の階級を返上した。フランス政府が大隊規模の派遣を決めると、大隊長を務めるため中佐となり、戦地へ赴いた。彼は1951年2月、当時、最大の激戦地だった砥平里(チピョンリ)で勝利を収め、戦局を左右する重要な役割を果たした。

コリアネットは、モンクラール将軍と韓国戦争に参戦したフランス軍の功績を振り返るべく、17日に国民(クンミン)大学の「モンクラール韓国戦争研究センター」を訪ねた。センター長である、国民大学のイ・グンセ教授と、フランス韓国戦争参戦協会の韓国代表兼副センター長のアラン・ナス氏に話を聞いた。

以下は一問一答。

国民大学の「モンクラール韓国戦争研究センター」で取材に応じたイ・グンセセンター長(左)とアラン・ナス副センター長。彼らは、モンクラール将軍を「善良さと優れた指導力を兼ね備えたリーダーであり、生涯にわたり自由のために戦った英雄」と評価した=17日、ソウル、コリアネットDB

国民大学の「モンクラール韓国戦争研究センター」で取材に応じたイ・グンセセンター長(左)とアラン・ナス副センター長。彼らは、モンクラール将軍を「善良さと優れた指導力を兼ね備えたリーダーであり、生涯にわたり自由のために戦った英雄」と評価した=17日、ソウル、コリアネットDB


ー モンクラール将軍はどのような人物だったのか。


ナス氏とイ教授は、「フランスを代表する戦争英雄の一人」と口をそろえる。二度の世界大戦を経験した彼は、フランスがナチスの占領下に置かれた際、シャルル・ド・ゴール将軍率いる「自由フランス」にいち早く加わった軍部のリーダーだった。全体主義や権威主義に屈することなく、自由への確固たる信念を貫いた人物である。

また、韓国戦争への参戦を望み、自ら4つ星将軍の地位を返上して中佐として戦地に赴いた決断力の持ち主でもあった。敬けんなカトリック信者であり、家族への深い愛情を持つなど、人間味あふれる一面も備えていた。

ー 韓国戦争におけるフランス大隊の功績と役割をどのように評価するか。

ナス氏によると、フランス大隊は3年間の参戦期間中、14回に及ぶ主要戦闘で全勝を収めた。モンクラール将軍は、最も豊富な戦争経験を持つ指揮官の一人だったため、当時、国連軍を率いていた米軍に対しても効率的な作戦運用の方針を提案した。フランス軍が14戦14勝という戦績を残した背景には、そのような優れた指導力があったといえる。

ー 砥平里戦闘の意義とモンクラール将軍の指導力を示すエピソードはあるのか。

(ナス副センター長)砥平里戦闘の勝利は、中国人民義勇軍の攻勢を阻止し、国連軍の北進を可能にする決定的な転換点となった。モンクラール将軍は、圧倒的な兵力差に直面する中でも、「最後の1分まで守り抜く」として、米軍の撤退勧告を拒否した。最終的に米軍のリッジウェイ司令官もその判断を支持し、奇跡的な勝利を収めた。

ー なぜモンクラール将軍は階級を下げてまで参戦したのか。

(ナス副センター長)新設された国連にとって初となる連合軍による戦争にフランスが必ず参戦しなければならないという強い信念があった。当時のフランスはインドシナ戦争により戦力に余裕がない状況だったが、将軍は「階級を下げてでも必ず参戦する」と政治家たちを説得した。ドイツに占領され、その後解放されたフランスと侵略を受けた韓国の境遇を重ね合わせ、深く共感した結果である。

ー モンクラール将軍と韓国軍兵士との関係は。

(イ教授)今年4月に国賓として訪韓したマクロン大統領と歓談した韓国人参戦者の証言がそれを裏付けている。将軍は、韓国軍兵士を対等な軍人として尊重した。軍の配給食を米に切り替え、韓国人の体格に合わせた軍服や軍靴を別途用意するなど、きめ細やかに配慮した。韓国軍兵士2人をフランス名門のサン・シール陸軍士官学校に入学させたことを契機に、現在も留学の伝統が続いている。

ー 現在の若い世代に、モンクラール将軍をどのような人物として伝えていきたいか。

(イ教授)モンクラール将軍は、偉大な人物に共通する「人間的な温かさ」と「優れた指導力」を兼ね備えた指揮官だった。彼は、手紙や食事に込められた思いやりを、兵士たちの士気向上という軍事的成果につなげた人物でもある。「戦争は手紙と食事である」という信念のもと、兵士たちの手紙は費用を惜しまず、最も早い方法で家族のもとへ届けられた。

生涯にわたり自由のために戦った将軍の生き方や教えは、世界的に権威主義が猛威を振るい、民主主義が脅かされている現在、若者たちが受け継ぐべき貴重な遺産である。

ー 国民大学「モンクラール韓国戦争研究センター」設立の経緯と今後の計画は。

(イ教授)18世紀にまでさかのぼるフランスと朝鮮の250年にわたる交流の歴史は、東西文化交流の源流の一つである。その研究を進める中で、フランス軍の韓国戦争参戦に関する資料が韓国国内でほとんど知られていない現状に強い問題意識を抱いた。将軍の息子であるローラン・モンクラール氏から資料の寄贈を受け、公的に管理するため2023年7月に国民大学内へセンターを設立した。その後、フランス参戦協会などと協力して国家報勲部の「国連参戦国参戦記録発掘事業」を2年間にわたり実施し、数千点に及ぶ資料を収集・翻訳した。

センターでは毎年、国際学術会議を開催し、青少年向け教育や広報活動にも取り組んでいる。

(ナス副センター長)また、参戦兵士たちの悲願であった韓半島の平和と和解の実現に向け、楊平(ヤンピョン)・砥平里、鉄原(チョルウォン)・ファサルモリ高地、断腸の稜線といった主な激戦地や非武装地帯(DMZ)一帯に「平和公園」を造成する計画を進めている。

ー 韓国・フランス国交樹立140周年および韓国戦争勃発76年を迎え、両国の国民に伝えたいメッセージは。

(ナス副センター長、イ教授)両国の関係は、140年という数字だけでは語れない。1800年代、朝鮮の人々と苦楽を共にしたフランス人宣教師たちの殉教の歴史まで視野に入れてこそ、その歩みを立体的に理解できる。両国は、上海臨時政府時代にフランス租界から保護を受けた時代を経て、朝鮮戦争を経験し、価値を共有する重要なパートナーとなった。

現在、ウクライナ戦争により、韓国戦争の歴史的な重要性が欧州で改めて注目されている。欧州の若者たちが韓国が分断されている状況を見て自らの現状を振り返るように、韓国の若者も75年前に遠い異国の地から訪れたフランス軍の献身を通じて、韓半島の平和と統合の意味について考えてほしい。

イ教授は、韓国・フランス両国の関係は250年以上に及ぶとして、韓国の文化に関心を持つフランスの若者たちが同センターを通じて、両国の深く緊密な歴史に触れてほしいとの期待を示した=17日、ソウル、コリアネットDB

イ教授は、韓国・フランス両国の関係は250年以上に及ぶとして、韓国の文化に関心を持つフランスの若者たちが同センターを通じて、両国の深く緊密な歴史に触れてほしいとの期待を示した=17日、ソウル、コリアネットDB


ナス副センター長は、欧州の若者が朝鮮半島の分断から自らの現状を見つめ直すように、韓国の若者たちにもフランス兵士たちの献身を通じて平和について考えてほしいと語った=17日、ソウル、コリアネットDB

ナス副センター長は、欧州の若者が朝鮮半島の分断から自らの現状を見つめ直すように、韓国の若者たちにもフランス兵士たちの献身を通じて平和について考えてほしいと語った=17日、ソウル、コリアネットDB


写真の中央は、モンクラール将軍の娘が著した回顧録=17日、ソウル、コリアネットDB

写真の中央は、モンクラール将軍の娘が著した回顧録=17日、ソウル、コリアネットDB



arete@korea.kr