オピニオン

2021.07.20

他の言語で読む


戸塚悦朗

弁護士



福島第1原発の汚染水(日本政府は「処理水」と呼んでいる)を海へ放出する菅義偉首相の決断が懸念の的となっている。この問題をどう考えたらよいのか?法律家である筆者としては、まず法的な視点から検討を始めてみたい。

海の問題を規律する国際法としては、国連海洋法条約がある。海洋法条約第192条(一般的義務)は、「いずれの国も、海洋環境を保護し及び保全する義務を有する」と定めている。特に「毒性の又は有害な物質(特に持続性のもの)の陸にある発生源からの放出)」(194条3項(a))についての規制は、放射性物質による汚染水の海洋放出問題に適用されるだろう。こうして、海洋法条約は、海洋環境の汚染をしないよう諸国を義務付けている。つまり、放射性物質を含む汚染水を海洋放出することは、国連海洋条約に反する行為であるだろう。

外交交渉で解決できなければ、国際海洋法裁判所や国際仲裁による解決方法もある。その場合は、何をもって「汚染」とするかが問題になるだろう。日本政府は、日本だけでなく、中国や韓国など諸国も海洋に放射性物質を含んだ水を海に放出しているとして、それらと比較しても許容される程度内の放出だから問題がないから、「汚染」と言えないと主張する。

日本政府の方針は、周辺諸国政府と国民に一方的な措置であると言える。どのような計画であるかを一方的に主張するだけでは十分ではない。計画の立案から実行までの全プロセスを周辺諸国に見えやすいように、誠実に公開する必要がある。海洋法の諸機構、国際原子力機関(IAEA)、世界保健機関(WHO)の諸機構はもとより、とりわけ利害関係が強い中国、韓国など周辺諸国が関与できる実効的な国際的管理の枠組みの中で全プロセスが見えるように計画され、実施されなければならない。そのような透明な国際管理体制とプロセスが保障されないときには、いかに「微量」(これは日本政府の主張に過ぎない)であっても、放射性物質の海洋への放出は違法とせざるを得ない。

国連のヒューマンライツ機構が動き出したことにも注目しなくてはならない。朝日新聞デジタル版によると、国連人権理事会(UNHRC)の3人の特別報告者は4月15日、福島第1原発の汚染水を海洋放出する方針を決めたことについて、深い遺憾の意を表明し、緊急声明を公表した。


特別報告者は、汚染水の放出について「太平洋地域の何百万もの命や暮らしに影響を与えかねない」とし、「日本の国境の内外で、関係する人たちが人権を完全に享受することに相当のリスクを及ぼす」と批判している。


また、汚染水処理技術の多核種除去設備ALPS(アルプス)は、福島第一原発のタンクに保管されている汚染水から放射性物質を完全に除去できていないとした上で、放出の前に再度処理しても「成功する保証はない」とした。日本政府に対しては、危険物質にさらされることを防ぎ、放出が及ぼしうるリスクの環境影響評価を行い、国境を越えた環境被害を防いで海洋環境を保護することなどを求めた。


これは、汚染水の海洋放出の問題が、国連憲章、世界人権宣言以下の国際人権条約などヒューマンライツを保障する国際法に関わるという指摘である。
 
「核のない世界のためのマンハッタンプロジェクト」ほか多数の団体が連名で「世界環境デー(6 月 5 日)と世界海洋デー(6 月 8 日)に寄せて」(6月5日付)と題する書面を日本政府宛てに提出した。

団体は、同文書で「福島第一で保管されている汚染水は、一般の原発からの排水とは根本的に異なる」とし、「廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約及びロンドン議定書は、濃度に関係なく放射性物質の海洋投棄を禁じています」と述べた。また、「福島第1原発の汚染水の海洋投棄は、条約違反である」と指摘し、福島第一原発からの放射性汚染水を太平洋に投棄する計画を取り下げること」などを求めた。

日本は、国際法を誠実に守り、放射性物質で海洋を汚染しないようにすべきである。それは、人間として当然のことだ。


しかし、問題はそこでは止まらないのではないか?福島第1原発は、2051年までに「廃炉」するという政府の方針は決まっていても、その具体的な方法は全く確立していない。メルトダウンした核物質のデブリは、そのまま残っていて、手つかずのままなのだ。壊れた原子炉を日々水で冷却する必要があるので、延々と放射性物質で汚染された水が溜まってしまう。

この汚染水の海への放出の問題は、その廃炉までの長く非常に困難なプロセスの一部の問題にすぎない。第2の福島原発事故が起こらないように、原発への依存をやめることが重要である。

人類は、地球環境を破壊する化石燃料や危険な原子力に依存しなくても、太陽光、水力、風力、地熱、水素などなど多様かつ安全なエネルギー源の活用によって不自由なく暮らすことが十分可能な時代になってきた。我々は、原発への依存をやめ、脱原発政策を推進するためにどのような方法があるか、新エネルギー政策への大転換に真剣に取り組む必要がある。そのためには、どのような手順で多数の原発の廃炉を実現して行くのか?日本でも、中国でも、韓国でも、そのような方向での論議と研究が進むことを期待したい。


日本弁護士連合会 福島第一原子力発電所事故により発生した汚染水等の処理について海洋への放出に反対する意見書