名誉記者団

2024.10.14

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「これは私の物語だ」

人生でそのように感じられる本が果たしていくつ存在するでしょうか。

私が紹介するのはオ・セヨン著『成功したオタク日記』です。

これは、2022年に韓国で公開されたドキュメンタリー映画『成功したオタク』の監督が記していた日記をまとめたもので、映画の公開後2カ月後に出版された本です。

映画『成功したオタク(原題:성덕)』ポスター(オセヨン監督SNSより引用)

映画『成功したオタク(原題:성덕)』ポスター(オセヨン監督SNSより引用)


タイトルにある『成功したオタク』の原題は「성덕」という韓国語の造語で、これは自分が大好きな歌手や俳優に会ったことがあったり、推しからの認知を受けたファンなどを意味し、流行した言葉です。

オ・セヨンさんはある歌手の熱狂的なファンで、サイン会にも足繁く通い、相手にも認知されテレビ共演もした「成功したオタク」でした。

しかし、ある日その歌手が性加害で逮捕され、成功したオタクだったはずの彼女は突如犯罪者のファンになってしまったのです。

推し活が人生の全てだったオ・セヨンさんが、監督としてメガホンを取ることで、過去を振り返り傷を直視すると同時に、様々な立場のファンに直接インタビューしながら「成功したオタク」とは果たして何なのか?を模索するドキュメンタリー映画『成功したオタク』。

私はこの映画が大好きで何回も見に行ったのですが、憧れの歌手が捕まった日の事細かな心情描写や、映画を作ることになったきっかけ、撮影している時の心の葛藤が映画よりも赤裸々に表現されているのが、この『成功したオタク日記』だと思いました。

日本でも映画公開後に日本版の本が発売された(株式会社すばる舎公式ページより引用)

日本でも映画公開後に日本版の本が発売された(株式会社すばる舎公式ページより引用)


また、自分に関するドキュメンタリー映画を自主制作するということは、感情をすり減らす大変な作業だったようで、苦しみながら撮影していく過程や、周りの人からのアドバイスを受け映画監督として成長していく姿など、映画作りの知られざる舞台裏を知ることができる、という観点から読んでも大変興味深かったです。

私はこの本を読み進めながら心を動かされたり共感した部分に付箋を貼っていったのですが、読み終えたころには付箋だらけになるくらい夢中になってしまいました。


3ページにひとつは共感する文章があった。

3ページにひとつは共感する文章があった。


なぜこんなにも心動かされたかというと、実は私も「成功したオタク」だったからなのです。

私は、あるKーPOPアイドルの大ファンで、毎月飛行機に乗って韓国に行っては音楽番組やサイン会に参加したり、夜21時からのラジオ生放送をスタジオの外から観覧するために朝5時から1日中並んで待つような日々を送っていました。

そのアイドルも私が日本からしょっちゅう韓国に来ていることを知っていて、行くといつも気遣うメッセージをくれたり、カメラを向けると必ず合図してくれるようになっていました。

他のファンからも「今日はあなたが日本から来ているからよくこっちにファンサービスをしてくれるね」と認められるくらいの熱狂ぶりで、お金や時間をいくら注いでも惜しくないと感じられるような幸せな推し活をしていました。

しかし、ある日そんな大好きな推しが犯罪者になってしまったのです。
この本の著者と全く同じ経験をしたからこそ、綴られていた日記が他人事とは思えず、1ぺージ1ページに心が打たれたのです。

私がこの本の中で特に共感して、当時の自分が感じたことと全く同じ感覚に陥った一節をいくつか紹介します。

■大好きな推しに会いに行くときの描写

『あのときのときめき、あのときの緊張感。年月が立っても忘れない。車窓から見える風景の何が変わり、何かそのままなのかはあいまいだけど、あのときの気持ちは覚えてる。オッパが刑務所に入っても、わたしの記憶のなかのあのときの心は変わらない。』(P.39より抜粋、原文ママ)

『おそらくその時期の釜山発ソウル行きのKTXで、一番幸せだった人はわたしだったかもしれない。無条件にハッピーにしてくれるひとのもとへ向かう道だったから。』(P.259より抜粋)

私は毎月仕事の合間を縫って韓国に行っては弾丸で帰ってくるような生活を送っていましたが、そのときの飛行機の時間が大好きでした。

日常から解き放たれるような開放感、今回は推しからどんな嬉しい言葉をかけてもらえるだろうという期待感、そんなワクワクをいつも感じながら窓の外を眺めていました。
KTXでの著者の心情描写を読みながら、私もあの時の飛行機の中のときめく気持ちをありありを思い出しました。

■衝撃的なニュースを知った時の描写

また、大好きな推しの犯罪をニュースで知った瞬間の描写は、読んでいるだけでも胸がきゅっと苦しくなりました。

『腹が立って、悔しくて、うろたえて、鳥肌がたつほどゾッとする気持ちを打ち明けたくて ーー中略ーー 本気で大好きだったのに、結局こんな形で終わってしまった。「成功したオタク」だった誇らしい思い出は、いまや黒歴史だ。たった数時間で、世界が変わってしまったのだ。』(P.243より引用)

『何も知らずに好きだったわたしは被害者だと思っていたけれど、ひょっとすると傍観者だったのかもしれない。苦しい。自分のことが、とても憎い。』(P.37より引用)

私の場合は、仕事中に事件のことを知ったために人前で泣くこともできず、かといって1人でいるのも苦しかったので、休憩時間にファミレスに駆け込みました。

しかし食欲も湧かず、ドリンクバーだけ頼み、ただただとめどめなく流れる涙をファミレスの固いペーパーで拭う地獄のような時間を過ごしたことを覚えています。

頭の中は混乱し、誰にも話すことができず、足はおぼつかず、ファミレスからの帰り道では何もないところで転んでケガまでしてしまいました。

推しのことが大好きでまだ状況が読み込めていないからこそ、なぜか自分を責めてしまう気持ち。それを痛いほど理解できるのです。


『今の人生のどん底にいるような気持ちを忘れたくない』と当時ファミレスで号泣した時の写真を撮ってあった!

『今の人生のどん底にいるような気持ちを忘れたくない』と当時ファミレスで号泣した時の写真を撮ってあった!


このように、著者の日記という形で綴られた本は、その瞬間ごとの気持ちが率直な言葉で語られていて、まるで自分が書いた日記なのではと錯覚するくらい共感し、かつて経験した日々のことを鮮明に思い出しました。

■この本が私にとって特別である理由

『成功したオタク日記』の日本版が出版されるにあたって、最後の章では著者が書き下ろしたあとがきが収録されています。

そこでは、日本で映画を公開するに至るまでの経緯や、配給会社とのやり取り、実際に来日した時の監督の心情が綴られていました。

来日の際にはトークイベントやサイン会も催され、著者と映画を見た人々との交流の様子も記されています。

『会場にいたひとりは、サイン会のとき、わたしの前で涙を流した。「泣かないで」という日本語がわからず言えないまま、もらい泣きしそうになった。

その涙の意味をわたしは知っている。

長いプロセスを経て、その人とわたしが、いや、その人とこの映画が出会えたのは、本当に幸せだと思った。』(p.303より抜粋)

この本が特別である理由は、まさしくここにあります。

この涙を流した張本人こそ、私なのです。
映画を見た後、渋谷でトークイベントとサイン会があると聞きつけた私は急いで会場に向かいました。映画の感想を直接監督に伝えられる機会なんて、そうそうないと思ったからです。

しかし、うまく伝えることはできませんでした、というよりその必要がなかったのです。

『私の人生の映画になりました』と伝えただけで、すべてを悟って理解してくれて受け入れてくれた感覚があり、それがわかった瞬間、心が震えて涙が溢れて泣いてしまいました。

初めて会って初めて会話を交わす人にそんな感覚を抱いたのは初めてでした。

忘れられない感動のサイン会の思い出(私のInstagramストーリーより)

忘れられない感動のサイン会の思い出(私のInstagramストーリーより)


そんな私の心が震えた瞬間が、監督にとっても印象深い出来事として心に残って本にまで 書いてくれたことに、とても驚くとともに感動しました。

本を購入した時には、最後の最後にまさかこんな展開があるとは夢にも思っておらず、今では生涯大切にしたい本となりました。

確かに私たちは、辛い思いをしました。大好きで大切だったからこそ本当に傷ついたのです。
でも、この本や映画をきっかけに考え方が大きく変わったと感じています。

人生においてそんなにも夢中になれる何かに出会えたことは幸せだし、その出来事をきっかけにこんなにも心動かされる作品に出会えたことは、決してお金では買うことのできないかけがえのない財産だと思えるようになりました。

今、誰か韓国のスターを応援している人は勿論、KーPOPに熱狂する人の心理を知るという意味でもとても楽しめる作品だと思います。 是非、映画と合わせて読んでいただきたい一冊です。

『 愛というにはあいまいで、応援というには執着に近く、信心というには宗教ともまた異なる何か。』(p.62より抜粋) その不思議な世界を少し覗き見てみませんか。