時間の確認、携帯電話探し、メッセージ確認……。
これらは普通の人なら何でもないことだが、目が不自由な人々には大変な作業。
多くの人々がスマートフォンやインターネットで世界中の情報を共有し技術発展の成果を享受している今でも、視覚障害者らはいまだに情報通信技術(ICT)の恩恵を受けることができずにいる。
点字端末や文字を音に切り替えてくれるスマートフォンの「テキストの読み上げ(TTS)機能」を利用しても大差はない。500万ウォンを超える点字端末の値段と約2kgという重量による制限、スマートフォンの読み上げ機能によるプライベートの露出、点字図書の不足などの問題があるからだ。そしてアメリカなどの先進国も同じような問題を抱えている。
そんな中、世界で初めて視覚障害者向けの点字スマートウォッチが韓国のベンチャー企業で開発され、国内外から注目されている。 .
今年1月から輸出を開始した「ドットウォッチ」は世界初の視覚障害者向けの点字スマート腕時計で、韓国のベンチャー企業「ドット」が開発したもの。写真ではドットのパク・インボムさんが手先でドットウォッチの点字を読んでいる
ベンチャー企業の「ドット(Dot)」が開発した「ドットスマートウォッチ(以下、ドットウォッチ)」は一見時計の針がないだけで、普通の時計のように見える。ドットウォッチの最も基本的な機能も普通の時計と同様、時間や日付の案内、ストップウォッチだ。しかし、普通の時計とは異なり表面に点字ディスプレイがある。そこに独自に開発した点訳エンジンにより時間が点字で表示される。ユーザーはドットウォッチを手先で触りながら点字を読み取る。
ブルートゥースを使ってスマートフォンにつなげるとドットウォッチの多様な機能を体験することができる。「ドットウォッチアプリ」でアイフォンやアンドロイド系のスマホにつなげるとSMS・カカオトークのチャット・各種プッシュ通知など、リアルタイムで更新される新しい情報を点字で確認することができる。電話がかかってきたときもすぐ相手を確認でき、電子書籍を読んだりリモコンドットウォッチをとして活用することも可能だ。さらに視覚障害者がとりわけ戸惑ってしまうスマホが見つからないときも、ドットウォッチはスマホを呼び出して位置を知らせてくれる。
ドットウォッチは輸出に先立ちすでに15カ国から予約を受け付けている。歌手のスティーヴィー・ワンダー、声楽家のアンドレア・ボチェッリもドットウォッチの事前予約をした。また、昨年のカンヌ国際公告祭(2011年からカンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバルに改称。通商、カンヌ・ライオンズ。)のイノベーションとプロダクトデザイン部門で韓国企業としては初めてゴールドライオン賞を獲得するなど、国内外からその革新と創意性・技術力が評価された。
昨年3月に行われた福祉機器展示(CSUN)で歌手のスティーヴィー・ワンダー(中央)とキム・ジュユン代表(左から2番目)などドットの社員たちが記念撮影をしたときの様子。ワンダーはこの日、ドットウォッチと事前契約を結び関心と賞賛を送った
しかし、ドットのマーケティングチームリーダーのチェ・アルム氏は「ドットウォッチはドットが初めて発表したエントリー製品で、ようやく始まったばかり」と強調する。彼女はドットの共同創業者であるキム・ジュユン代表と共にドットウォッチの開発初期から関わってきたメンバーの1人。
チェ氏と働いているパク・インボム社員はドットウォッチの役割について「できるけと大変だったことを手軽に、多様に楽しめるようにサポートすること」だと話す。彼は視覚障害を抱えており、ドットウォッチが完成する前にテスターとしてドットに加わった。チェ氏とパク氏の2人からドットウォッチとドットの将来について聞いてみた。
- ドットウォッチの開発も、起業も大変な作業だったと推測される。市場性が不透明だとは考えてなかったのか。
キム代表がワシントン大学に在学していた2014年9月、偶然見つけた巨大な点字の聖書と視覚障害者が利用する大きな点字端末がドットの起業とドットウォッチ開発のきっかけとなった。市場性は不透明だと感じることが多かった。開発も容易ではなかった。費用と技術の限界やたくさんの失敗を経験して、これはスタートアップにできる仕事ではないと考えたこともある。ただ恵まれたときもあった。ベンチャー、スタートアップの育成に集中する政策と「韓国だけの問題ではなく、世界の視覚障害者に関わる課題」という認識に後押しされ投資を受けることができた。試行錯誤を繰り替えしながらも、視覚障害者に会うたびに多くの人々がドットウォッチの登場を待ち望んでいて期待していることがわかり、「これは作らないと」「作らないと皆を失望させてしまう」と思うようになった。
- ドットウォッチの開発まで多くの困難を経験した。とくに記憶に残る瞬間があるとしたら。
多様なバージョンのテストを実施したとき、目で見る限りはしっかりと動いている点字のディスプレーが視覚障害者の触覚ではなかなか認識できないのがとくに大変だった。記憶に残っているのは、ある日(車で2時間もかかる)清州(チョンジュ)から70代のお爺さんがドットのオフィスを訪れたことだ。孫にドットウォッチをプレゼントしたいからと遠くからわざわざ訪問したのだ。それだけドットウォッチにかかる期待が大きいことをそのとき感じた。
ただ大変なときもある。開発過程では徹底的な顧客調査、そしてベータテストを行うためにたくさんの視覚障害者団体に問い合わせをしたが、最初は時計の行商人扱いされることが多かった。それでも今は以前より理解してくださる方々が増えてきた。
- 正式輸出が始まっていないのにすでに15カ国からの予約があるなど海外でも高い関心を示しているようだ。輸出の準備は順調なのか。
昨年、イギリスをはじめとする15カ国から事前予約を受け付け、国別に輸出関連の手続きを進めている。真っ先に予約を表明したイギリスにはサンプルを送っており、結果待ちの状態だ。
ドットが独自開発した超小型点字セル(下は能動アクチュエータ)と従来の点字端末に使用された中核部品セルが点字書籍の上に置かれている。この超小型の点字セルはこれからドットのあらゆる製品に組み込まれ、これまで点字の使用や補助機器のコストのため様々な不便を強いられた視覚障害者の生活を改善する
- アイフォンやアンドロイド系のスマホも視覚障害者向けの機能を搭載している。点字端末も視覚障害者をサポートしている。これらとは一線を画すドットウォッチならではの中核技術としては何があるのか。
スマホはユーザの設定を変えると情報を音に切り替えて知らせてくれる。ただこれはユーザのプライベートを露出させるなどの問題をもたらす。静かに時間を確認するにも、プライベートのメッセージを確認するにも不便が生じる。だからといってずっとイヤーフォンを付けっぱなしにすると聴覚の機能まで落ちてしまうので視覚障害者の不便が倍増するのだ。これまで利用されてきた点字端末もかなりの高額。20年以上も使われてきたが市場には変化がなかった。ドットはこの技術を超小型し、値段もできるだけ下げた点字セルを開発した。「能動アクチュエーター」と呼ばれるこの小さなセルがドットの中核技術である。磁石を使って点字を突出させたり凹ませたりするのだ。ドットウォッチだけでなくドットミニ、タブレットなど私たちが開発するすべての製品にこのセルを欠かさず入れている。
- 世界的に6点式点字が使われており、韓国ではハングルを利用した訓盲正音が利用される。地域や言語によって異なる点字の体制をドットウォッチが実現することができるのだろうか。
ドットウォッチでは現在韓国語と英語を支援している。技術的にはすべての言語を点字に実現できるように開発された。公認の点字語があれば言語別に2~3カ月から長くて5~6カ月で適用でき、それを実現していく計画だ。
ドットウォッチ事前予約者の中には声楽家のアンドレア・ボチェッリもいる。画像はボチェッリがドットウォッチを腕に付けて撮影したドイツ移動通信業者のCMのワンシーン
- ドットウォッチはスティーヴィー・ワンダー、アンドレア・ボチェッリも事前契約を結ぶほど激賞を受けた。これと似たような製品はこれまでなかったのか。
なかった。実をいうと市場性が大きい分野ではない。先進国の状況もたいして変わらない。それでこれまでは視覚障害者らが高額の大型点字端末などの補助機器に依存し、20年以上変化が起きなかったと考えられる。スティーヴィー・ワンダーは昨年3月に開催されたアメリカの福祉機器の展示会で会ったのだが、ドットのブースを長時間見学して多大な関心を示しながら自分も使いたいと話してくれた。アンドレア・ボチェッリは2015年10月、ミラノ国際博覧界のワークショップで出会った。ボチェッリはドットウォッチを付けてドイツの移動通信業者のCMにも出演した。
- ケニアで実施中の「ドットミニプロジェクト」も気になる。ケニアを選んだ理由とその事業内容について説明してほしい。
世界3億人程度の視覚障害者の8割以上がアジアとアフリカにいる。ケニアはアフリカ諸国のうち英語使用人口が最も多い。それにアフリカは概ね教育や医療サービスが不十分であるため、視覚障害者らはとくに孤立し多くの困難を経験している。彼らが点字を学び教育を受けることができれば、暮らしの質ははるかに改善されるはずだ。ドットは韓国国際協力団(KOICA)と有望なベンチャー企業が共同で進めるクリエーティブな価値創出プログラム(CTS)のパートナーとしてケニア・ナイロビの盲学校で「ドットミニプロジェクト」を2015年から実施している。この事業は生徒たちの学習を支援するために開発された学習補助機器の「ドットミニ」端末を8千台普及する内容となっている。ドットウォッチとは異なり、スマートフォンやブルートゥースを利用しなくて良い。教科書の内容が入ったSDカードを機器に差し込むと書籍の内容がドットミニの表面で点字に切り替わり、その音がスピーカーで流れるので生徒たちが勉強できるようになる。この事業のためにケニアを5回も訪問した。そのとき出会った生徒の1人は授業中に何度も端末を自分の顔に近付けたのでおかしいと思った。後で知ったことだが、両手が麻痺して唇の触覚で点字を読み取るためだった。その生徒がドットミニの端末から『アメイジング・グレイス』の歌詞のうち「かつては盲目であったが、今は見える(Was blind、 but now I see)」を読み上げるときは非常に感動した。そして、この仕事は大きな使命感をもってやるべきだとそのとき決心した。
ドットはKOICAのCTS事業のパートナー企業として、2015年からケニアの盲学校にドットミニ端末を提供している。ドットミニ端末は文字を点字に変換して生徒たちの学習を支援する補助機器である。写真はドットミニとドットウォッチを見ているケニア盲学校の関係者とチェ氏
- ドットウォッチの他にも開発中の製品について知りたい。また今後の事業計画は。
開発されたドットウォッチはいわゆる「ウォッチ1」だ。これから「ウォッチ2」「ウォッチ3」へと開発が続く。ウォッチ1はドットの初めての製品で、情報を読み取り点字に変換して伝える機能が基本となっている。開発中にはいろいろな機能を搭載したかったがコストの問題で簡素化した。適切な値段で組み込める機能を考えなければならなかった。今後はヘルスケア機能、NFC(near field communication、近距離から多様な無線データのやりとりをする通信技術)機能、情報をもらって返信までできる機能などを取り入れた製品を公開するつもりだ。
パブリックの点字にも興味がある。それは地下鉄やトイレなどの公共施設にリアルタイムで情報を反映する点字モジュールを取り入れインフラを構築する概念で、固定された点字をリアルタイムのディスプレーに変えるもの。地下鉄の舗装ブロックやドアにセンサーを取り付けて位置情報がドットウォッチに伝わるようにすることで、視覚障害者の不便をなくすサービスを挙げられる。サウジアラビア・リヤドの地下鉄に点字を表示するなど海外でもパブリックの点字事業を検討している。
コリアネット ユン・ソジョン記者
写真:コリアネット チョン・ハン記者、ドット
翻訳:イム・ユジン
arete@korea.kr