韓国の著名な美術史学者のユ・ホンジュン氏は、自分の著書の中で「知っている分だけ見える」と述べている。有名な場所も、いつもと同じ日常も、どれだけ知っているか、どんな視点で見るかによって、見える風景は違ってくるからだ。
KOREA.netは、韓国の地域文化や旅行先を紹介するコンテンツを連載する。ネットなどですでに知られている有名な場所は、人と地域が作り出した物語を中心に、新しい視点で紹介する。韓国各地の隠れた名所を探し、その魅力をKOREA.net読者の皆さんにお伝えする。
[新安=キム・ヘリン]
[映像=イ・ジュンヨン]
全羅南道(チョルラナムド)・新安(シナン)郡は、島だけで構成されている韓国唯一の地方自治体だ。72の有人島、953の無人島、計1025の島からなる。
「韓国観光の星(文化体育部と韓国観光公社などが、韓国を輝かせた旅行先を選んで授賞する制度)」「ベスト・ツーリズム・ビレッジ (Best Tourism Village)」「ユネスコエコパーク(生物圏保存地域)」「ラムサール条約湿地」など、新安を表す言葉はたくさんある。数多くある島のうち、どこへ行くかを決めるのは簡単ではなかった。
新安郡の地図=新安郡
ソウル市庁から新安郡の庁舎まで、直線距離約310キロ。韓半島の西南部に位置する新安は、首都圏から車で5時間ほどかかる。ソウルからのアクセスが悪く、人の往来が少ないために、美しい自然が手つかずのまま守られているのである。
2019年に押海島(アプヘド)と巖泰島(アムテド)を結ぶ千四大橋(7.26km)が開通し、車で行くことが容易になった。木浦(モッポ)市・務安(ムアン)郡とつながっている押海島を通って、車で新安に行くと、慈恩島(ジャウンド)、八禽島(パルグムド)・安佐島(アンチョアド)・曽島(チュンド)など、橋で結ばれた島へと簡単に移動することができる。木浦駅から列車で移動した後、駅の近くでレンタカーを利用するか、駅から1.3キロ離れている木浦旅客船ターミナルで、島へ向かう高速船に乗るという方法もある。
最近、新安は「パープル(紫)島」として有名だ。安佐面(アンチョアミョン)にある半月島(パンウォルド)と朴只島(パクチド)のこと。パープル島になる前、ここを訪れる人は少なかった。人口も減っていた両島の住民は、島を観光スポットにするために知恵を絞った。島に自生するキキョウやウツボグサなどの紫色からヒントを得て、2018年から本格的に島全体をパープル色に衣替えさせ始めた。郡と力を合わせて橋や家の屋根を紫色に塗装し、ヤナギハナガサ・ラベンダー・シオンなど、紫色の花を植えた。
半月島で生まれ育った張相淳(チャン・サンスン、76歳)氏は、パープル島を作り始めた当時の状況についてこう語った。「屋根を紫色に塗装する前、郡庁の人から住民の意見を聞かれて、全員が同意したんだ。みんなのサイズを測っていっては、紫色のスーツ、生活韓服、靴下、帽子、下着まで作ってくれたんだ」
島全体を紫で彩るというアイディアは大成功だった。2020年8月に正式にオープンして以来、38万人以上の観光客が島を訪れた。
朴只島の最年長者である鄭順心(チョン・スンシム、89歳)おばあさんは、島についてこう説明した。「嫁に来てから70年が過ぎたんだけど、他の人は全部島から出て行っちゃったから、ここで住むかどうか悩んでたんだ。でも、長く住んでいるとこんなにいいこともあるんだね。紫色でキレイにしたら、人もたくさん来るから楽しいわ」
紫色の服を着ているKOREA.net記者たち。紫色の服を着たり、紫色のアクセサリーを付けたり、またはペットに紫色の服を着せると、パープル島の入場料(約500円)が無料になる=チョン・ハスン撮影
二つの島の間にあるノドゥギル(引き潮の時、島と島を結ぶ飛び石)にまつわる面白い話がある。二つの島がまだ結ばれていないとき、別の島に住んでいた比丘と比丘尼は、互いに会いたい一心で、引き潮になるたびに石を積んでいた。長い年月が経ち、ついに島を結ぶ道が完成し、二人が出会う日が訪れる。しかし、海の真ん中で二人が抱き合った瞬間、潮が満ち、海は二人を飲み込んでしまった。
切ない恋物語だと思っていたら、朴只島の張青均(チャン・チョンギュン)施設管理次長がこう語った。「比丘と比丘尼が恋に落ちた島だから、この島に来れば、誰でも恋するようになるよ。KOREA.net読者の皆さんも、ぜひパープル島を訪れて恋してほしい」。
半月島に設置されている「I Purple You」=新安郡
飛禽面・古西里(コソリ)にある古幕(コマク)海辺は、現地の人にもあまり知られていない秘境だ。細かい砂や満ち潮の時に見えるエメラルド色の海も美しいが、古幕海辺の真価は引き潮の時に現れる。引き潮になると、隣の「浦煎島(ポジョンド)」まで歩いて行けるからだ。
小さな岩島である浦煎島と内浦煎島にのぼると、まず奇岩怪石の絶景が目を引く。また、頂上は「多島海海上国立公園」が一望できる。遠く水平線を眺めていると、風に乗って運ばれてくる海の香りも、岩にぶつかる波の音も心地よく感じられる。
飛禽面・古西里にある古幕海辺と内浦煎島の全景=新安郡
体力と時間に余裕がある人には、「巡礼者の島」と呼ばれる曽島面(チュンドミョン)の奇鮎(キチョム)・小岳島(ソアクド)をおすすめしたい。ここは、スペインの「サンティアゴ巡礼の道」の名前をとって「島ティアゴ」と名付けられた。小奇鮎島(ソギチョムド)と大奇鮎島(デギチョムド)、小岳島の3つの島には、イエスの十二使徒の名前をとって作られた小さな礼拝堂や、その礼拝堂をつなぐ道が造成されている。
マタイの家(上)とペトロの家=新安郡
新安の島は、それぞれの魅力を持っている。新安を旅したい人はまず、交通の便が悪くても我慢しよう。また、短時間でたくさんの島をぜんぶ見たいという「短気」はやめておこう。その代わりに、青く広がる海と干潟をゆっくりと満喫しよう。鳥の鳴き声と島の人たちの笑い声に耳を傾けてみよう。島の数と同じくらい、たくさんの美しさが見つかるはずだ。
kimhyelin211@korea.kr