200年前の作曲家ベートーベン(1770~1827)を12年前からひたすら研究し続ける韓国人音楽家がいる。ピアニストでソウル大学音楽部教授のチェ・ヒヨンさん(46)だ。
自身のベートーベン・シリーズが今年で12年目となるピアニストのチェさん(写真:チョン・ハン記者)
彼女は2002年から4年間にわたり、計32曲のベートーベン・ピアノソナタ全曲を演奏する「ベートーベン・ピアノソナタ全曲演奏会」を開いた。2011年と2012年にはバイオリストのイ・ミギョンさんとベートーベン・バイオリンソナタ全曲演奏会を開き、昨年までバイオリニストのルゼロ・アリフランチニ氏やチェリストのピーター・スタンプ氏ら最高の演奏者と「ベートーベン・ピアノトリオ全曲演奏会」を開いてきた。
これまでベートーベンのレパートリーに挑戦し続けてきた彼女は、「ベートーベンの研究を始めて12年目になるが、いまだに難解だ。越えるべき山はまだたくさんある」と語る。
そして、「ベートーベンの音楽を通じ、長きにわたって観客と交流できたことは感謝すべきことであり、大きな責任を感じることでもある。だから、一瞬たりとも気を抜けない」と話す。
ベートーベンの曲を演奏するチェさんの指(写真:チョン・ハン記者)
チェさんは、ソウル芸術高校在学中にドイツに渡り、ベルリン国立音楽大学でクラウス・ヘルヴィッヒとハンス・ライグラフを師と仰ぎ、演奏学の博士号を取得した。
1995年には米インディアナ音楽大学でジョージ・シェルバックを師と仰ぎ、アーティスト・ディプロマを取得し、1999年にはソウル大学音楽部で初めて審査委員満場一致で教授に採用された。
ベルリン留学時代、彼女にとってベートーベンは愛憎の作曲家だった。演奏は上手いが、それではベートーベンは表現できないという厳しい評価に幾度となく困惑した。
「ドイツ人にとってベートーベンはいかなる存在なのか。それを研究することに多くの時間を費やした。ドイツでベートーベンを深く研究し、知識を深めていった」
彼女のベートーベン・シリーズはなおも続く。これから米国やドイツなどを巡回する予定だという。コリアネットは先日、米インディアナでの独奏会に向けて出国間近のチェさんに話を聞いた。
- ベートーベンの魅力とは。ベートーベンの音楽の中にある「ポジティブなエネルギー」だ。初めて彼の曲を演奏したとき、難しさを感じなかった。曲の中に秘められた意味がよくわからなかったからだ。でも、彼の音楽の中に秘められたポジティブなエネルギーは、よくわからない一般の人でも感じることができる。
ピアニストのチェさんは、「ベートーベンの研究は“現在進行形”で、いまだに難解」と話す(写真:チョン・ハン記者)
ベートーベンは情緒的に問題の多い人物だった。虐待と数多くの逆境の中でも希望を失わず、音楽を通じてポジティブに乗り越えた。そのエネルギーが音楽に表われている。それを、何も知らない幼い子どもが初めから感じていたようだ。彼は完璧に至るまで絶えず努力し、それが音楽の中に染み込んでいるのが魅力的だった。
彼の音楽は、研究すればするほど難解になるようだ。ポジティブなエネルギーを生み出す要因を探れば探るほど難解になり、今もやることは山積みだ。全ての人が共感できるポジティブなエネルギーは、そう簡単に生み出せるものではない。その背後には数多くの要素が必ずあるはずだ。今もそれを知ろうと学んでいるところだ。
‐ベートーベンの曲の中で挑戦してみたいものは。協奏曲は第1番を除き全て演奏したことがあるが、全曲シリーズ演奏会はまだしたことがない。ぜひ一度挑戦してみたい。気の合う指揮者と一緒に演奏したい。ベートーベンの音楽はとても緻密で精巧なので、息が合わないと絶対うまくいかない。
これまでベートーベンの音楽に没頭させた原動力は、彼の音楽の中に秘められた「ポジティブなエネルギー」と話すピアニストのチェさん(写真:チョン・ハン記者)
- 挑戦したいのはベートーベンのどの領域まで。国内だけでなく海外でも精力的に公演活動をしたい。もう一度ベートーベン・サイクル(全曲演奏)を行いたい。また、シンフォニーをもう少し学びたい。
- ベートーベンの作品の中で一番好きなのは。難しい質問だ。一曲だけ挙げることはできない。私のベートーベン研究は今も継続中で、数年前は理解できなかった曲も、今では「ああ、そうだったのか」と新たに発見することがある。3年後にはきっとまた違った答が見つかると思う。70歳ぐらいになれば、「これしかない」という曲が見つかるのではないかと思う。
- ピアノを習おうと思ったきっかけは。隣の家がピアノ教室で、3歳のとき、たまたま遊びにいってピアノを弾いてみた。家にピアノがなかったので、隣の家に行って練習するようになった。音楽に対するハングリー精神があったようだ。楽譜を読むのが速かったし、耳で一つひとつの音を聞き分けるほど絶対音感を持っていたようだ。
私の才能を見抜いたピアノの先生が、ピアノを習ってみてはどうかと勧めたが、両親に反対された。それで、先生が教本を買ってきて私を指導してくれた。母は「飽きてすぐやめるだろう」と思っていたそうだ。でも、ピアノへの情熱は冷めず、むしろどんどんのめり込んでいく私を見て、ピアノを習うことに賛成した。
- 生涯をかけてピアノを弾こうと思ったきっかけは。幼いときは、何も知らないまま大きな夢を抱いていた。ベルリンに留学していた18歳の頃、一番悩みが多かった。ドイツの教育方式に戸惑い、「これが本当に自分の行くべき道か」と4~5年は悩んだと思う。コンクールで優勝して拍手を受けると「間違っていない」と思うのだが、その後は悩んでばかりいた。
ベルリン留学期間はずっと苦悩の連続だった。その悩みの中で自我が形成され、自然に「自分の宿命」と感じられるようになった。
- 危機やジレンマを経験したことは。一度や二度ではない。一番深刻だったのは、精神的な苦痛が肉体的に表れたときだ。ベルリンに留学していた1995年、突然ピアノが弾けなくなった。ピアノを弾くと、のこぎりの歯で切られたように指が痛くてたまらなかった。病院に行っても原因がわからなかった。そのとき、「神の啓示か」と思った。
それは、重要なコンクールを控えているときだった。その大会のために数年かけて練習を重ねてきたのに、その状態で出場したら結局落選した。
それまでは音楽にのめり込んでいて、他のことに頭が回らず、精神的に受けたストレスが限界に達していた。その後、ベルリンから米国に渡った。米国での暮らしは、まさに療養所にいるような生活で、十分に休養できた。そこで自分のライフバランスを取り戻すことができた。休養しながら周りの人を見渡し、ゆとりを持って愛する方法を学び、自然に危機を乗り越えることができた。
- 今後の計画は。8月にドイツでのベートーベン・ツアーでオーストリア人のチェリストとベートーベン・チェロソナタ演奏会を開く。10月にはソウル市立交響楽団と「アルスノバ・シリーズ」に参加する予定だ。また、秋には国内での2度の公演が予定されている。
見るのが辛いほど憎んだこともあるピアノだが、「私の永遠の分身」と語るピアニストのチェさん(写真:チョン・ハン記者)
- あなたにとってピアノとは。私の分身だ。とても美しい。どの角度から見てもとても素敵な楽器だ。しかも美しい音を奏でる。幼いときに初めてピアノを目にし、「何て美しい姿だろう」と思ったことを覚えている。
怪物のように恐ろしく見えたときもあった。自分の思い通りに演奏できないときは、憎らしくて殴ってやりたかった(笑)。
- 後輩に伝えたいメッセージは。私は幼少時代からあまり叱られないで育った。私の指導教授らは、私が困惑しているとき、黙って見守り、ひたすら私の話を聞いてくれた。
最後の指導教授だったジョージ・シェルバックさんは、「あなたは星のような存在」と話した。3カ月後には私はどこか違う位置におり、その距離を直線でつないだ分だけ私が成長しているのだと話した。また、「ひまわりにとって一番大切なものは何か。日差しと水だ。あなたも同じ」とも話した。
ただひたすら見守り、待ってあげること。それが私の教育観でもあり、人生哲学でもある。
コリアネット ソン・ジエ記者
jiae5853@korea.kr