ひと

2015.11.11

韓国の地上波テレビ番組に新たなトレンドが生まれた。
韓国人のように、いやそれ以上に流暢に韓国語を話し、韓国文化を深く理解している外国人が出演することだ。「美女たちのおしゃべり」や「非首脳会談」といった番組は、多人種・多文化が共存する韓国社会のグローバル化を表している。そうした番組に出演する外国人は韓国社会を細かく観察している。ときには韓国人が気づかないようなことを指摘して驚かせたり、韓国文化と自国の文化を比較して文化多様性をリアルに紹介したりする。それは、互いの違いを理解し、相手の文化を尊重するきっかけとなった。

イリヤ・ベリャコフさん。33歳のロシア人の若者。
ソウルから飛行機で2時間弱の距離にある極東の港町、ウラジオストク生まれ。
極東国立総合大学で韓国語を専攻した彼は13年前、自慢の韓国語力を引っさげて韓国に留学した。国際交流財団の奨学生としてヨンセ(延世)大学の語学堂で韓国語を学び、韓国語力をさらに磨き、ロシア人初の韓国語能力試験最高等級保有者となった。その後も韓国語学習を続け、延世大学大学院で修士課程を取得し、現在はサウスカロライナ大学大学院コロンビア校で人類社会言語学の博士課程を履修中だ。韓国語だけでなく、英語、日本語、フランス語、スペイン語も話せる彼は、卓越した語学力と深い知識を生かし、医療専門通訳や大手企業社員、コラムニスト、記者、放送人などとして幅広く活動している。そんなベリャコフさんに、韓国生活と韓露両国の文化や歴史などについて話を聞いた。

Ilya_1105_L2.jpg

한국어 전문가인 일리야 벨라코프. 방송출연, 언론기고 등을 통해 활발하게 문화소통을 하고 있다.

韓国語専門家のイリヤ・ベリャコフさん。テレビ番組出演やメディアへの寄稿など、精力的に活動している



韓国語がとても流暢だが、どのように韓国語を学んだのか。ロシア語とは文法も語彙も慣用句も全く違う韓国語をここまで話せるようになるまでかなり苦労したと思うが。
2003年に韓国に来たので、韓国生活は13年目。韓国語学科を卒業したが、特別なノウハウや教授法で韓国語をマスターしたわけではない。一生懸命努力した結果だ。教材を読みながら単語や文法を覚えるといった感じだった。大学の韓国語学科の教授は99%がロシア人で、韓国人は1~2人しかいなかった。当時からロシアにも韓国語の専門家はいたものの、その数は少なく、中国語学科の教授との割合は20対1くらいだった。

多数の言語がある中で韓国語に関心を持つようになったきっかけは。
自ら進んで韓国語を選んだわけではない。高校生のときから言語に関心があり、大学で言語学を専攻しようと決心した。いろいろな言語学科を受験したが、合格したのは韓国語学科だけだった。こうして韓国語を学ぶことになった。自分の意思とは関係なく学び始めたが、韓国とこんなに長く深い縁が続くとは当時は予想もしなかった。

韓国語に関する論文のテーマは。
延世大学国語国文学科で修士課程を取得した。論文のテーマは、修士課程、博士課程いずれも「ロシアから見た韓国語の統辞論と韓国から見たロシア語の統辞論の違い」だった。

ロシアでの韓国の大衆文化や芸術はどの程度浸透しているか。
私が韓国語を学び始めた2000年代初頭は、韓国の情報が全くなかった。韓国語で書かれた本や音楽CD、映画などは全くなく、それらを手に入れたいと思ったら韓国旅行に行く友人に頼んで買ってきてもらうしかなかった。当時はまだインターネットもそれほど普及していなかったし、YouTubeやFacebookといったSNSもなかったので、韓国について知ることができなかった。教授が数年前の長期休暇に韓国旅行で買ってきた本とCDだけだった。まさに「地面にヘディング(意味:無謀な挑戦)」という感じだった。

両国の国交が正常化した1990年代、韓国にロシア語の通訳がおらず育成が急務だった。
その通りだ。交流がなかった両国は、互いに関する知識がほとんど、いや全くなかった。当時のことを考えれば、10年足らずで大きく変わったと思う。

プーシキンやトルストイ、ドストエフスキー、ソルジェニーツィンら、ロシア文学は100年の歳月を超えて今なお韓国人に親しまれている。韓国でロシアの作品が多く翻訳されていることを知って感じたことは。
ロシアの文学作品がこれほど多く韓国で翻訳・紹介されていることは知らなかった。最初はとても驚いた。でも、それは事実ではない。ロシア人の立場からいわせてもらえば、ロシアのものはそれほど知られていない。作家や芸術家が多すぎるからかもかもしれない。

「たとえ人生が君を欺いても」というプーシキンの理髪店の絵画から教養人の本棚まで、ロシア文化は韓国社会の随所に浸透している。
韓国文学はロシアではあまり知られていない。このところ徐々に翻訳され、紹介されるようになったが、まだ大衆的とは言えない。両国の文化の違いがあまりにも大きく、現時点ではロシア人の感覚に合わないからだ。

YouTubeに投稿されているロシアの動画を見ると、ロシアを代表する文化や科学、バレエなど大衆芸術の有名人が多数登場している印象がある。そんなコンテンツ大国でありながら、ロシアはあまり活用されていないように思えるが。
その通りだ。活用しないのか、できないのかはわからないが、あまり活用されていないのは確かだ。原因は財政的なことにあると思う。現在のロシアの状況では、あれが限界だと思う。

以前から韓国とロシアは深い関わりがあった。文学はもとより、「カチューシャ」や「悲しき天使(Those were the days)」、イオシフ・コブゾンの「白鶴」といった韓国人の愛唱歌など、韓国にはロシアの遺産が多い。韓流が短期間でブームになったのに対し、ロシア文学は長く支持されている。その生命力の根源は何か。
確かに韓国文化にはロシアの要素が多くある。韓国人はあまり知らないが、「露館播遷」(コジョン(高宗)が日本を避けてロシア公使館に移り朝鮮王朝の執政をとったこと)という歴史的事件もあった。ロシア文学が韓国の日常に深く浸透しているのは、地理的に近いこともあり、当然のことだと思う。

これまでは文化交流よりも経済交流のほうがはるかに多かった。経済交流が深まるほど文化交流も盛んになると思う。今後政治的・経済的交流がより盛んになれば、文化面でも交流が盛んになると思う。

大祖国戦争の勝利などロシア人の抵抗力は、闘争によって独立を成し遂げた韓国人と相通じるものがあると思う。ロシア人を強くさせたものとは。
ロシア人は自由を追求する傾向が強いと思う。国民性からそう感じる。ロシア史を見ると、戦争していない期間はない。韓国で戦争が起こった頻度を見ると5世紀に1度だったが、ロシアは10年に1度だ。恐らく、これまで200回以上戦争をしただろう。隣国とも遠く離れた国とも戦争をした。領土争いも多かった。韓国の最後の戦争は70年前だが、ロシアは今も戦時中だ。ロシア人は世界のどの国の人よりも戦争がどんなものであるかを知っている。韓国人よりもよく知っている。ロシア人はそんな国民性を持っており、自由を追求し独立を重要視する民族だ。歴史の中で多くの困難や苦難を経験してきたからだと思う。特に、第2次世界大戦当時のソ連には強いイデオロギーがあった。スターリンの強いイデオロギーがロシア人の頭の中に植えつけられた。それによって闘争心(抗戦の意志)が強くなったのではないかと思う。

スターリン時代の厳酷さによって忍耐心が養われたのでは。
その通りだ。スターリンに対する評価が二分している。確かにマイナスの面もあった。歴史専門家らの評価はいまだに割れている。

メドベージェフ氏が大統領を務めていたときのロシアの国家ビジョンには、スターリンやレーニン、ニコライ2世ら、ロシアの歴代皇帝から社会主義時代及び現代のリーダーまで 登場した。良し悪しは別にして歴史を見る観点が違うようだが。
かつてロシア人は、スターリンがいくら悪いことをしても高く評価する面もあった。それは、第2次世界大戦に勝利し、平凡な国だったロシアが世界のリーダーとなり、産業化を成し遂げ、米国と対等な地位に押し上がったからだ。また、ロシア型産業化を確立し、スターリン時代にロシアが人類史上初めて宇宙船を打ち上げ、世界初の宇宙飛行士がロシア人だった。そうしたことから肯定的に評価する人もいる。

確かに、1957年のスプートニク・ショック(Sputnik Crisis、人類初の人工衛星の打ち上げ)は相当なものだった。にも関わらず、1980年代にロシアの状況が急激に悪化したのはなぜ。
とても複雑な内部要因によるものだ。

旧ソ連末期に生まれたベリャコフさんの30年の人生は、グラスノスチやペレストロイカなど多くの改革が行われた、まさにロシア史の激変期の中にあったが。
私はソ連時代に生まれたが、まだ幼かったので何も覚えていない。覚えているのは、ソ連が崩壊し、ロシアに民主化が訪れた1990年代からだ。2000年代に入ってもロシアは大きな変化を遂げた。そして、現在の極端な資本主義、つまり完全な資本主義に移行した。

러시아 사회의 급변과 세대간 갈등의 심화, 적응을 위한 어려움 등을 밝히는 일리야 벨라코프. 한국의 현실과 비슷한 면이 적잖아 보였다.

ロシア社会が急変し、世代間の摩擦も大きくなり、適応することが難しいと語るベリャコフさん。韓国の現実とかなり似通った面があるようだ



最後の社会主義国から高度の資本主義国へと移行したため、その変化に対する適応は容易ではなかったと思うが。
恐らく両親はまだ適応できていないと思う。話をしているとそう感じる。まだソ連のときの感覚で暮らしているようだ。それによる世代間の摩擦も大きい。価値観が大きく変わったからだ。韓国のベビーブーム世代と若者世代との摩擦以上だと思う。イデオロギー、価値観、世界観が大きく変わったため、ロシア以外の国では見られないことだろう。世界中でこうした経験をした国はロシアだけだ。わずか10年の間に社会主義国から民主主義国に移行したのだ。

かつての社会主義国、つまり中国やキューバ、北朝鮮、ベネズエラなどはまだ社会主義だが、ロシアは完全に民主主義に移行した。それほど大きな変化を遂げた国はロシアのみである。大きな変化を遂げた1990年代、ロシア国民はなかなか適応できずとても苦労した。

大韓帝国末期、ベリャコフさんの故郷であるウラジオストクをはじめとする極東地域は、韓国人の独立運動の拠点だった。ロシアは内外両面から韓国人を支援したと聞いたが。
ロシアが韓国人を支援したのは、時期が重なったからだと思う。ちょうど日露戦争にロシアが敗れたときだ。日本に対して悪い感情を抱いていたのは当然だろう。20世紀初頭、日本は太平洋地域で多くの人に被害を与えた。ロシアも日本から被害を受けたので、ロシア人は被害を受けた人の気持ちを理解できたと思う。

12年間の韓国生活で多くのことを経験したと思う。特に、12年前のウラジオストクとソウルは対照的だったと思う。カルチャーショックはなかったか。また、韓国で一番苦労したことは。
オープンマインドだったし、なにより韓国に来る前から韓国に関する専門的な知識を持ち、ある程度韓国語を話し、韓国文化をある程度理解していたため、それほど大きなカルチャーショックは受けなかった。ウラジオストクにいたとき、韓国人留学生たちととても親しくなれたことも、カルチャーショックを受けなかった要因の一つだ。準備は万全だった。

もちろん、慣れるまで時間はかかった。でも、韓国の知識がないまま韓国に来た外国人とは雲泥の差だったと思う。ある程度の知識を持っていたおかげでカルチャーショックもなく溶け込め、1年半までは楽しく過ごすことができた。大きな問題もなく、時の流れのままに過ごすことができた。しかし、韓国生活が長くなり、仕事をして社会に深く入り込むようになると問題が出始めた。韓国の企業文化、中でも上下関係には特に苦労した。ロシアにも上下関係はあるが、韓国ほどではない。理解できなかったし、理解できたとしても到底受け入れることができなかった。

飲酒文化については、統計的に見るとロシア人のほうが韓国人よりも酒をたくさん飲む。ウォッカはアルコール度数が高いため、ロシア人の多くは酒をたくさん飲めないが、焼酎はウォッカに比べアルコール度数が高くないため、韓国人は酒をたくさん飲む。そのため「1人当たり○リットル」という数値で見ると、韓国人のほうが多く酒を飲んでいる。

韓国で気に入っていることは。
いろいろある。旅行が好きなのでよく出かけるが、どこに旅行に行っても早く韓国に戻りたくなる。韓国にいると落ち着くからだ。気に入っていることはいろいろあるが、特にソウルのインフラがしっかり整備されていることだ。韓国人は知らないと思うが、外国人は地下鉄にトイレがあることに驚く。しかも、清潔な上に無料だ。外国人にとっては不思議で仕方ない。欧州は地下鉄にトイレがなく、あっても有料だ。

韓国も30年前はトイレが汚く誰もが使いたがらなかった。改善しようと取り組んだ結果、きれいになった。
その通りだ。大きく変わった。ソウルを初めて訪れた2003年から現在まで、ソウルは大きく変わった。2003年はまだチョンゲ(清渓)川がなく、公共交通機関が十分に整備されていなかった。7号線までだった地下鉄は今、9号線まで開通した。ロシアと比較すれば、各都市によって大きな違いはあるが、モスクワはソウルと同じくらい整備されている。他の都市とは大きな差がある。60以上の民族が暮らす巨大国家だからだ

テレビ番組で学校外教育や先行学習といった韓国社会の問題を次々と指摘している。鵜の目鷹の目で韓国を見つめるようになったきっかけは。
鵜の目鷹の目で見ているわけではないが、韓国で暮らしているとあらゆるものが目に入ってくる。一人でいるよりも韓国人や仲間と一緒にいることが多く、話をしたり、ニュースを見たりしていると、いろいろなものが見えてくる。韓国に初めて来た2003年は白人がほとんどいなかった。韓国人は、白人=米国人というイメージを持っていた。それには不快感を感じた。

それは、韓国人が外国人とあまり接したことがなかったからだと思う。
その通りだ。それは知っている。でも、それによってロシアを含む東欧圏の人々は、不快感を感じたと思う。今は大きく変化し、そうしたことはなくなった。わずか10年で驚くほど変化した。

「速く速く」という韓国文化も、外国人に対しては変わりつつあるようだが。
その通りだ。それはメリットでもある。大きく、急変している。そこには当然メディアの力もある。まず、「美女たちのおしゃべり」によって「外国人も韓国語を話せる」という認識が韓国人に植えつけられた。そして、外国人がテレビ番組に頻繁に出演するようになった。「非首脳会談」もその一つだ。そうして、韓国人に「外国人であっても韓国で暮らすことができ、韓国語を話せるんだ」という認識を与えた。それはメディアの大きな力だと思う。

文学を専攻したベリャコフさんが医療通訳を務めるというのは意外ではあるが、実用的でもある。    
何事もしてみないと気が済まない性格だからだ。何事もしてみないとわからない。大手企業にも勤めたし、医療通訳もしたし、フリーランスで働いたこともある。教師、アルバイト、記者、テレビ番組出演、何事にも挑戦した。ロシアの放送局(韓国で放送されるロシア語での番組)と韓国の放送局の両方で記者を務めた。

年齢に比べ経験が豊富だ。それだけで一冊の小説ができそうだが。
いつか本を執筆するのが夢だ。

一番好きな韓国料理は。
普段はいつも韓国料理を食べている。韓国料理はどれも好きだが、サムゲタン(参鶏湯)やソルロンタンといった鍋料理が特に好きだ。でも、韓国料理はロシア人の口には合わないようだ。韓国料理はロシア料理と大きく違うからだ。ロシア人が好むものをしいて挙げるとすれば、サムギョプサル(豚のバラ肉)くらいだろう。他の料理は、レシピから何から違いすぎる。

러시아에 대한 지식이야말로 두 나라를 더욱 가깝게 할 것이라고 지적하는 일리야 벨라코프.

両国がもっと友好を深めるために必要なものは、互いの国に関する知識だと主張するベリャコフさん



한イデオロギーに縛られ、一時期関係が断絶していた韓露両国が国交正常化して25年になる。さらに友好を深めるために必要なことは。
知識だ。韓国にはロシアに関する知識がほとんどない。あっても歪曲されているものばかりだ。それを変えなければいけない。韓国に入ってくるロシアの情報は、米国など西側諸国を経由して入ってくるがほとんどだ。それもかなり歪曲されており、嘘の情報もある。文化も経済も政治も全部そうだ。

ロシアの認知度が低すぎるし、歪曲された情報が多すぎる。そのため、ファンからいつも同じようなことばかり聞かれる。例えば、YouTubeにロシアに関係のある動画が投稿されると、「ロシアって本当にそうなのですか」と。でも、それはロシアを卑下しようという意図でつくられた動画なのに、多くの人はそれが事実だと思い込む。映画のように筋書き通りに作られ、現実とは全くかけ離れた動画なのに。

例えば、昨年から今年初めまでのプーチン大統領の情報やロシアの経済状態、モラトリアム宣言に関するデマなどは、ロシア人も初耳の内容で「本当なの?」と聞き返すほどだ。事実とは全く異なる話だ。正直言ってそういう話を聞くたびに腹が立つ。でも、仕方のないことだ。例えば、韓国の国営放送がそんな話をしたら、もうどうしようもない。世界中の人はみなメディアの情報を鵜呑みにするだろう。私はいつも韓国メディアは間違ったロシアの情報を伝えていると話している。でも、そのたびに嘘をついていると非難されるのは私のほうだ。KBSが伝える内容と私の話はあまりにも食い違っている。多くの人がKBSの話を信じ、私の話を信じようとはしない。全くそんな状況になっていないのに、メディアの情報は正しいと思い込む。そのため韓国で暮らしているロシア人は皆残念でならないと言う。それを理解してほしい。

일리야 벨라코프는 어디에 있든 한국과 관련된 교육을 하게 될 것이라며 한국과의 인연을 강조했다.

どこにいても韓国関連の教育に携わりたいと熱く語るベリャコフさん



韓国、韓国文化との縁は切っても切り離せないようだ。韓国で学んだことを生かして今後してみたいことは。
私の夢は教授になることだ。これからもっと多くのことを学び、博士号を取得して大学で言語学を教えたい。言語学に関心があるし、好きな学問なので、もっと学んで資格を取得し、学校で教えたい。それは韓国だろうと第三国だろうとどこでもかまわない。とにかく、韓国に関わりのある教育関連の仕事をしたい。

言語学者のベリャコフさんから見て韓国語の魅力とは。
韓国語はとても論理的な言語だ。言語的観点からロシア語と比較すれば、例えば、ある文法的規則があれば、韓国語は99%規則に従うが、ロシア語は約50%が例外だ。規則があっても例外があまりにも多く、他の言語を母国語とする学生にロシア語を教えると、誰もが苦戦する。でも、韓国語はとても論理的で、理解しやすい構造になっている。規則され理解すれば、文法を使えるようになる。ドイツ語と似ているところがある。

コリアネット ウィ・テックァン記者
写真:チョン・ハン記者
whan23@korea.kr