政策

2024.04.12

「キューバのコリアンたちと共に、光復第78周年を記念する行事」が「Centro Cristiano Reflexín y Dialogo」で開かれた。「キューバのコリアンたち」というパンフレットを紹介するマルタ・イム・キム氏。彼女は独立運動家のイム・チョンテク先生の娘である=2023年8月、キューバ・カルデナス、メキシコ・キューバの韓国人子孫総連合会

「キューバのコリアンたちと共に、光復第78周年を記念する行事」が「Centro Cristiano Reflexín y Dialogo」で開かれた。「キューバのコリアンたち」というパンフレットを紹介するマルタ・イム・キム氏。彼女は独立運動家のイム・チョンテク先生の娘である=2023年8月、キューバ・カルデナス、メキシコ・キューバの韓国人子孫総連合会


[ホン・アンジ]

「韓国とキューバの国交正常化は、まるでサプライズプレゼントのようでした。コリアンたちが長い間、夢見てきた外交と領事関係がついに実現しました」

キューバの在住韓国人3世であるマルタ・イム・キム氏が先月21日、コリアネットとの書面インタビューで語った感想だ。

彼女は、マタンサス総合大学で哲学の教授を33年間務め、コリアンの子孫たちをつなぐ活動をリードしてきた。それは、父親からの影響が大きかった。父に受けた影響が大きかった。彼女の父親は、日本による植民地時代に、キューバで教育者であり独立運動家として活動し、大韓民国臨時政府の後援者でもあったイム・チョンテク先生だ。コリアンだということを誇りに思うイム・キム氏は、「キューバのコリアンたち」という本を出した。父親から学んだ韓国文化の重要性や移住史を発信するためだ。「キューバのコリアンたち」は1921年3月25日から1950年代の初期に起きたキューバ革命前まで、コリアンの子孫たちの移住史をしっかり記録するために書かれた唯一の本だ。

イム・キム氏は「先月14日、韓国とキューバが公式的に結んだ外交関係について現地では、キューバの経済改善が期待されるとして歓迎する雰囲気」だと述べた。


以下はインタビュー全文。

コリアンのキューバ移民の歴史的背景とコリアン会について教えてほしい。

大韓帝国(旧韓国)末期、メキシコ農業移民として渡ったコリアンたちが1921年3月25日、キューバのマナティ港に到着した。国というよりどころを失い、サトウキビ農場で働くために、遠く離れたキューバに渡ったのだ。農場で働いた経験がなかったコリアンたちは、血のにじむような思いで必死で働いた。しかし、不幸は重なるもので、砂糖の国際価格が下落し、賃金は大幅に減った。そのため、キューバの下層民も敬遠するような過酷な労働を強いられるエネケン(繊維が取れる植物)工場で働かざるを得なかった。言うまでもなく過酷な現実に向き合うしかなかった。


キューバ駐在日本領事は、移住してきたコリアンたちに日本人として登録することを要求した。しかし、コリアンたちは1921年6月14日、マタンサスにある「エル・ボロ」農場でキューバ・コリアン会を設立した。これをきっかけに民族アイデンティティの確立に向けて、民族教育や独立運動の支援活動を展開した。韓国で起きた3·1運動のニュースに接し、1923年には大韓人国民会を結成した。本格的な独立運動に乗り出したのだ。同年3月1日、独立宣言デモを行った。その後、毎年3·1節には、この日を記念する街頭行列も繰り広げた。みんなで韓服を着て集まり、各地域を代表する料理を食べながら哀歓を分かち合った。誕生日や結婚式も韓国スタイルで行った。このようにして伝統が受け継がれたのだ。

第78周年光復節慶祝行事で、キューバのコリアン子孫とバラデロハングル学校教師、学生などと共に記念撮影を行うマルタ・イム・キム氏、アントニオ・キム(キューバ・コリアン子孫会長)、アデライダ・チャン(カルデナス子孫会長)、民主平統中米・カリブ協議会米州地域協議会長ら=メキシコ・キューバのコリアン子孫総連合会

第78周年光復節慶祝行事で、キューバのコリアン子孫とバラデロハングル学校教師、学生などと共に記念撮影を行うマルタ・イム・キム氏、アントニオ・キム(キューバ・コリアン子孫会長)、アデライダ・チャン(カルデナス子孫会長)、民主平統中米・カリブ協議会米州地域協議会長ら=メキシコ・キューバのコリアン子孫総連合会


- 現在、まだ生きていらっしゃるコリアン1世代の方はいない。光復以後、大韓人国民会を中心としたコリアン社会の結束力が多少緩んだ。1959年にはキューバ革命が起き、1961年には米国とキューバの国交が途絶えた。そのため、韓国とキューバの関係も遠ざかり、キューバのコリアンたちのアイデンティティが拡散するという状況になった。現在、キューバ在住の韓国人は何人ぐらいか。 彼らが感じるアイデンティティについても聞きたい

キューバのコリアン子孫は公式的に1118人。しかし、出生、死亡、移民の増加によって数字は変わる。コリアン1世代は、メキシコに渡ってきた人たちで、第2世代はメキシコで生まれた子どもだ。キューバ系コリアンの子孫の場合、第3世代から第6世代までだ。このうち33人は、韓国人の父親と母親の間に生まれた子どもで、残りは韓国系と現地人の間に生まれた。

1950年代、キューバ社会の急激な変化によりコリアンたちもバラバラになり、共同体活動も制約を受けた。このような状況の中で、韓国人のアイデンティティが弱まった。しかし1995年、キューバで新しいコリアン会が創設された。韓国のルーツは韓国だというアイデンティティが再び形成された。今日の若い世代は、自分のアイデンティティを正しく認識し、祖国と先祖を愛する心を育んでいる。祖国と先祖を愛する心を育んでいる。アイデンティティの回復には、さまざまな要素が必要だ。その中でも、韓国政府が推進する青年交流が重要な役割を果たしている。

- 先月14日、韓国とキューバが国交を結んだ。両国の関係における国交正常化の意味は。

韓国とキューバの国交正常化は、まるで「サプライズプレゼント」のようだった。コリアンたちが切に夢見てきた外交と領事関係が65年ぶりに実現したからだ。今回の国交正常化は、両国の文化や経済など、さまざまな分野で交流や協力のきっかけになるだろう。韓国語と韓国の伝統文化を発信し、両国の国民間の友情を増進することで、コリアンの子孫という自負心を高めていきたい。

今回の国交正常化をめぐって、現地の雰囲気はどうか。

現地では、国交正常化のニュースを聞き、大変喜んでいる。キューバの経済水準を引き上げるための重要なステップだと考えている。

キューバでも中南米の他の国々と同様に、2010年代から韓流が広まり、K-POPやドラマ、映画といった韓国の文化に対して関心を持つ人が増えてきた。KーPOPをきっかけに韓国のことを知り、韓国語を学ぼうとする現地の人も多い。彼らの中には、韓国留学を目標にする人もいるだろうし、また、韓国語を学ぶことで多くのチャンスを得ることができるだろう。韓国とキューバを結ぶ直行便ができてほしい期待する人も大勢いる。

イ・ジュンイク監督(真ん中)の映画である「茲山魚譜」が、昨年12月8日から17日まで開かれたハバナ国際映画祭に公式招請された=ダイビアナ・ディアス名誉記者団

イ・ジュンイク監督(真ん中)の映画である「茲山魚譜」が、昨年12月8日から17日まで開かれたハバナ国際映画祭に公式招請された=ダイビアナ・ディアス名誉記者団


海外では、韓国大使館や在外韓国文化院などが韓流イベントに関する中心的な役割を果たす。キューバと韓国は国交が結ばれていなかったため、これまで韓国大使館や在外韓国文化院を通したアプローチが事実上、難しかった。キューバの現地で韓国大使館に期待する部分は何か。
今回の国交正常化を機に、韓国を愛するコミュニティの活動基盤が以前よりはるかに整った。韓国の文化イベントや会合を主催し、持続的に成長できればと思う。段階的な支援を受けられることを期待する。

最後に、今回の国交正常化を機に、韓国とキューバ政府に望むことはあるか。

韓国とキューバが外交関係を結んだが、まだ解決すべき部分が多く残っている。両国間で観光や事業などに対するニーズを増やさなければならない。しかし、米国政府の措置で、キューバに訪問した履歴がある場合、ビザなしの電子旅行許可(ESTA)だけでは、米国への訪問(韓国に戻る際の経由など)が難しい可能性がある。韓国とキューバ政府はこのような点を考慮するべきだ。両国間の文化交流や経済協力を拡大できるように、実質的な措置や政策を講じなければならない。

また、文化や人的交流、開発協力など、非政治的な分野を中心に交流や協力を拡大できるように、経済的な支援策も必要だ。韓国人のアイデンティティを確固たるものにするためにも、海外への移民で別れるしかなかった生みの親や家族との再会に向けた政策も進めるべきだ。

shong9412@korea.kr