3月11日にリリースされたイム・ダミのニューシングル「Jolene」(写真提供:ソニー・ミュージック)
オーストラリア最大の祝日「オーストラリアデー」の1月26日にイム・ダミらがノースシドニーで開いた記念コンサートのポスター(写真出所:イム・ダミフェースブック)
2月26日にシドニーのパラマタ・スタジアムで行われたアジアチャンピオンズリーグの蔚山現代(韓国)対ウェスタン・シドニー・ワンダラーズ(オーストラリア)の試合前のセレモニーで熱唱するイム・ダミ(写真提供:オーストラリア駐在韓国文化院)
- オーストラリア建国記念日「オーストラリアデー」を記念したシングル「I am Australian」をリリースした。韓国系オーストラリア人として感想は。
オーストラリアをいろいろな形で発信する機会が与えられてとても嬉しかった。オーストラリアの人口の多くの割合を占めるのは海外移住者だ。韓国系オーストラリア人として「I am Australian」を歌ったのは、そうしたオーストラリアの多様性を反映してのことだと思う。
- クラシック音楽の楽器(ピアノ、バイオリン)を専攻した当時は歌を歌っていなかったそうだが、歌を歌おうと思ったきっかけは。
5歳のときからピアノを習い始め、幼いときは大人になったらピアニストになることが夢だった。でも、思春期の頃にKポップ歌手のボアに魅了された。それからボーカルに強く興味を持つようになった。自分の部屋で一人隠れてトレーニングしているうちにボーカルに夢中になっていった。
- オーディション番組「Xファクター」の初オンエアでイムさんは内気でとても小さな存在に見えたが、少しずつカリスマ性を発揮してステージを掌握していった。何が短期間であなたをそれほどまでに変えたのか。「努力」か、それとも内に秘めた「才能」か。
テレビを見ている視聴者の前で歌うのは初めてだった。数多くの人とカメラが見つめる中でパフォーマンスをするのは不思議な感覚だった。回を重ねるごとに恐怖心を克服したくなり、これからもずっと歌っていられるチャンスをつかみたかった。だから、「私ならやればできる。もっと自信を持とう」と自分に言い聞かせた。それが功を奏し、経験したことのない環境に徐々に慣れていった。
‐「Xファクター」に応募しようと思ったきっかけは。
歌うことが好きで、韓国ではゴスペルシンガーとして活動していた。成長するとともに、家族と夫のいるオーストラリアで歌いたいと思うようになった。「Xファクター」に応募すれば、オーストラリアで活動できるのではないかと思った。
- 好きな韓国人歌手は。ポップシンガーとしてKポップをどう思うか。韓国のファンはあなたのダイナミックで情熱的なステージを見たいと思っている。韓国を訪問する計画は。
幼いころからKポップが好きだった。ジュジュ・クラブやFin.K.L、ボアといった韓国のアーティストとコラボレーションしてみたい。今でも時々好きな韓国人アーティストの曲を聴いている。
- ファンたちのメッセージやプレゼントの中で一番印象に残っているものは。
ファンにはいつも驚かされている。そんなファンを持つ私はとても幸せだと思う。最近まで知らなかったが、アルゼンチンのあるファンがコンサートやイベントのときの私の写真を撮ってフェイスブックに掲載している。先日は私の背丈ほどのクマのぬいぐるみをもらった。ファンがくれるものは、写真でもプレゼントでもありがたいものだ。彼らが自分の気持ちを表現してくれるおかげで、私は音楽を通して人を励ますことができる。
- あなたにとって音楽とは。また、あなたが目指すボーカルとは。
音楽は自分を表現する方法であり、コミュニケーションツールだ。多くの人とコミュニケーションできる歌、つまり多くの人と喜びと悲しみを共有できる歌を歌っていきたい。
- ロールモデルは。
私のロールモデルは夫だ。夫を心から尊敬している。彼は冷静かつプラス志向の性格で、いつも他人のことを先に考える。
- オーストラリアの人々はあなたを「第2のビヨンセ」と呼んでいるが、どう思うか。
とても光栄なことだ。でも、私がビヨンセの比較対象になれるかどうかはわからない。ビヨンセは世界を代表する素晴らしいアーティストだ。私がいくら努力しても、彼女のようにはなれないと思う。私にできることは、最善の努力をして「イム・ダミ」らしくなることしかないと思う。
- 今後一番してみたいことは。
音楽を通して多くの人に希望を与えたい。「コンパッション(Compassion)」というボランティア団体の広報大使を務めているが、この団体は貧困に喘いでいる子どもたちを支援している。多くの人がこの団体を通して子どもたちを支援してほしい。