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2015.07.02

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韓国料理に欠かせない調味料、テンジャン(味噌)。

豆と塩と水が主成分だ。茹でた豆を潰し、四角い固まりにして乾燥させ、発酵させたものを「メジュ」(麹)という。そのメジュに塩水を入れて熟成させ、そこからとった液体がカンジャン(醤油)、残った固まりを熟成させるか塩水を掬い取らずにそのまま染み込ませたものがテンジャンだ。食欲がないときや胃腸の調子が悪いとき、テンジャンチゲを食べるとご飯がすすむ。

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セムピョ食品は、70年にわたってカンジャンとテンジャンを製造してきた調味料メーカーだ。同社のテンジャン工場長のイ・センジェ常務は、昔ながらの方式が生み出すテンジャンの味を求め、10年余りにわたって全国を渡り歩いた。由緒ある家を一軒一軒訪ね、各家の秘伝のレシピを聞いて回った。

イ氏は、チョンラ(全羅)北道のイクサン(益山)工業高校を卒業した後、カンジャン工場の微生物研究室の研究員となり、社会人としての第一歩を踏み始める。微生物を培養すると急速に増殖して旨味を出す神秘さに惹かれ、発酵専門家と呼ばれるようになるまで研究に没頭する。2000年代初頭に東京農業大学で研修を受けた後、昔ながらのテンジャンをつくれという上司の指示を受ける。自家製または小規模生産中心の昔ながらのテンジャンは、味は良くても一定の品質の維持と大量生産に限界があった。

より多くの人に昔ながらのテンジャンを味わってもらいたいと、10年余りにわたってメジュと格闘する生活が続いた。その実が結ばれたのは、今年2月に発売された「ぺギル(百日)テンジャン」と「シゴルチプ・トジャン(田舎の家の土醤)」だ。だが、イ氏は「まだ道半ば」だと語る。昔ながらのテンジャンの味の追求は今始まったばかりだと意気込む。

約30年にわたって発酵食品の開発に取り組んできたイ氏に、韓国の伝統食品「テンジャン」について話を聞いた。

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30年余りにわたって韓国の伝統発酵食品であるカンジャンとテンジャンの開発に没頭してきたセムピョ食品のイ・センジェ常務



- カンジャンやテンジャンには以前から興味がありましたか。

専門的に学んだわけではありません。微生物を初めて観察したとき、最初100匹だったのが発酵することで1時間後には1千匹に増殖するのが不思議で興味深く感じました。メジュづくりは新鮮な気持ちで学ぶことができ、とても楽しかったです。楽しく仕事できたから、専門家と呼ばれるようになれたのだと思います。自分の仕事に没頭し、楽しいと感じることができれば、誰でも専門家になれると思います。自分が一番だと思ったらもはや一番ではありません。まだ半人前だと思って地道に努力しなければいけないのです。傲慢な自分を戒め、常に謙虚に、自分はまだ半人前だという気持ちで仕事に臨んでほしいと思います。

- 韓国における発酵食品の歴史はどの程度ですか。

正確な醤の歴史についてはわかりませんが、BC1100年の醤に関する記録に「鹿やウサギ、鳥などの動物や魚の肉を原料にした」というのがあるそうです。また、高麗時代の歴史書『三国史記』には、シンムン(神文)王3年(683年)「幣帛十五轝 米酒油蜜醬豉脯醯一百參十五轝(幣帛15轝、米、酒、油、蜜、醤、豉、脯、醯など135轝)」という記録があります。醤は私たちが思っている以上に歴史が深いと思います。

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「ぺギル・テンジャン」と「シゴルチプ・トジャン」は昔ながらの味を再現するための第一歩だと語るイ氏



- 30年余りにわたってテンジャンを研究し、昔ながらの味を求めて10年にわたって全国を渡り歩いたと聞きました。秘伝のレシピをなかなか教えてくれない人もいたのでは。

どの発酵食品もそうですが、ある原料を使い、有用な微生物を利用して私たちが目的とする可能性、そして味と香りを引き出しているのです。でも、そんな微生物があるということも知らなかった時期に、しかも安定性も確認できない微生物を活用してこんな質の良い発酵食品をどうして作り出すことができたのか。とても不思議に思いました。おっしゃる通り、レシピもそれぞれ違うし、自分たちのレシピは特別で最高だからと、なかなか教えてくれなかったのは確かです。

- 昔ながらの製造方法と工場の生産方式は様々な面で違いますが、味と均質性の問題をどうやって解決しましたか。

テンジャンの真の味を探ろうと、3年間は我が社の商品より4倍も高い、職人がつくった手造りのテンジャンしか食べませんでした。昼食のたびにテンジャンを食べていましたが、ある瞬間、「あ、この味と香り」と感じたときがありました。味と香りの違いがわかったのです。でも、手造りのテンジャンは、毎年同じ環境と条件の中でメジュがつくられなければ一定の味と香りを出すことができないという難点がありました。その年の温度と湿度、メジュを掬うときの環境は常に異なるため、味も違ってきます。同一の条件を整えることが私たちの課題でした。数百回の試行錯誤を繰り返し、約200トンの豆を廃棄しました。

私たちは、豆を蒸すときの温度・湿度や蒸した豆を潰すときの強度などの最適な条件を見つけ出しました。そして、その条件を常に一定に保つ方法を見つけ出しました。そうした取り組みの末に誕生したのが「ぺギル・テンジャン」です。小麦粉などの澱粉を混ぜた一般のテンジャンとは違い、ぺギル・テンジャンは100%豆でつくられています。現在市販されているどのテンジャンも、日本の味噌も中国の味噌も、100%豆で製造されたものはありません。

日本の味噌は、米や小麦粉でつくった麹に豆を加えたものです。昔ながらのテンジャンは、微生物を繁殖させたメジュを塩水に漬け、液体は抜いてカンジャンにし、それから1~2年熟成させたものです。一般のテンジャンは、1カ月ほど熟成させて製品にするのに対し、ぺギル・テンジャンは100日間熟成させます。栄養的にも機能的にも優れ、アミノ酸が豊富に含まれており、風味は絶品です。日本人でも舌のこえた人には、この風味の良さがわかるそうです。

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2014年10月に米フロリダ州オーランドで開かれたSQFI(Safe Quality Food Institute)主催の「2014 SQF国際カンファレンス」で、セムピョ食品の忠清北道栄洞工場がアジアでは初めて「メーカー・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。授賞式の後、記念写真を撮る同社のパク・チンソン社長(中央)とイ常務(左)



- メジュづくりに必要な菌を手に入れようと、美味しいテンジャンで有名な南道の宗家を訪ねて門前払いを受けたこともあると聞きましたが。

メジュをつくる上で最も重要なのが菌です。どの家も秘伝のレシピが外に漏れるのを警戒しています。美味しいメジュを作る秘訣は菌にあるので、その菌を手に入れようと宗家のメジュをつくる部屋でそっと服にメジュを着け、その中から数千種の菌を取り出しました。そして、それぞれの菌を培養してメジュをつくり、味を見ました。それは至難を極めました。そうした22年の過程を経て「ぺギル・テンジャン」と「シゴルチプ・トジャン」が誕生したのです。しかし、昔ながらの香りがするテンジャンをつくるには、まだ多くの時間が必要です。もっと研究を続けていけば、これからもっと良い商品が生まれるでしょう。それが私たちの目標です。今は小規模生産から大量生産への転換点だといえます。セムピョ食品のテンジャン研究チームは現在17人です。従業員700人のうち、100人が研究員です。決して少ない数ではありません。基礎がしっかりしていれば会社は成長するという我が社の経営鉄則を反映していると思います。

- ぺギル・テンジャンとシゴルチプ・トジャンの違いとは。

シゴルチプ・トジャンの特徴は、メジュのエキス(カンジャン)を抜かずに昔ながらの風味をそのまま維持していることです。他の調味料やヤンニョムを加えずに、お湯に溶かして煮るだけで十分旨味が出ます。ぺギル・テンジャンは、純粋な昔ながらの方式で発酵・熟成して製造したものです。どんなだし、どんな食材にするかによってテンジャンの風味が違ってきます。

- テンジャン独特の匂いは、若者や欧米人にはどうしても敬遠されがちです。そんな人々の好みに合わせるために取り組んでいることは。

おっしゃる通りです。韓国の伝統的な発酵食品であるカンジャンとテンジャンは、若者や欧米人には独特の匂いから敬遠されがちです。カンジャンとテンジャンの味と香りは、メジュをつくるときにメジュの中にいる微生物の種類と分布によって決まります。そうした独特の味と香りを持つ数千種の菌を分離させ、それを再びそれぞれの菌株によってどんな味と香りかを把握することで、若者や欧米人が好む味と香りを再現できる菌株を常に確保しています。今は、メジュの中にそうした有用な菌がどんな分布のときにどんな味と香りがするのかと、メジュを発酵させるときに私たちの望み通りに菌を分布できるかについて絶えず研究しています。今お話ししたこれらの目標が達成されたとき、ご指摘された問題が完璧に解決され、韓国の伝統的な発酵食品である醤類のグローバル化も実現すると確信しています。

- テンジャンの良さとは。

カンジャン、テンジャンの良い点はたくさんあります。日本では醤を「料理の魔術師」と呼んでいます。味の絶妙なハーモニーとも言います。まず、官能的特徴として『増補山林経済』(ユ・ジュンリム(柳重臨)、1766)に「醤はあらゆる料理の最高の調味料」と書かれています。家庭の料理の味は、その家庭の醤によって決まるというのです。こうした官能的特徴があります。また、栄養的特性があります。豆のたんぱく質に含まれているアミノ酸、それを豊富に摂取できるのが醤です。機能的特性もあります。消臭効果があり、魚にかけると生臭さがなくなります。加熱効果もあり、おにぎりや焼き鳥などにカンジャンかテンジャンを塗って焼くと、香ばしい香りが漂い、こんがり焼き上がります。殺菌効果もあり、テンジャンやカンジャンに漬けておくと保存がききます。アイスクリームといった甘いものにカンジャンをさっとかけると甘さが引き立ちます。梅干や塩漬けしたシャケにカンジャンかテンジャンクク(味噌汁)をつけると、まろやかな風味になります。また、だしとカンジャンが調和すると、風味が強くなる効果があります。

- テンジャンの風味を生かせる料理は。また、テンジャンを美味しくいただく方法は。

テンジャンは、故郷の味、おふくろの味ではないかと思います。やや古い世代の人々が子どもの頃に食べた故郷の味、おふくろの味について話すとき、一番多く出てくるのがお母さんが土鍋でぐつぐつ煮たテンジャンチゲじゃないですか。

やはりテンジャン料理は、何と言っても土鍋で煮たテンジャンチゲとテンジャンククでしょう。また、煮込んだカンテンジャン(濃い味噌)をご飯にかければ、まさに「ご飯泥棒」(ご飯を何杯でも食べられるの意)です。カンテンジャンはご飯を何杯でも食べてしまうので、ダイエットには向いていないと思いますが、美味しさは絶品です。そして、刺身を食べるときも、カンジャンや酢コチュジャンではなく、テンジャンに磨り潰した青陽唐辛子とニンニクを混ぜたものにつけて食べると新しい味を楽しむことができます。それだけではありません。私たちが普段食べているナムルは、テンジャンで味付けしてこそ美味しくなります。

テンジャンとカンジャンは、韓国料理に一番よく合い、風味を生かして絶妙なハーモニーを織り成す料理の魔術師なのです。

記事:コリアネット ウィ・テックァン記者
写真:コリアネット ウィ・テックァン記者、セムピョ食品